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第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
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狼と花嫁


澄んだ青い空、キラキラとした緑。
美味しい空気をお腹いっぱいに吸い込んで、深呼吸する。
色とりどりに咲く花の良い香りがする。
眼を閉じたまままったりと過ぎる時間を堪能しているとチビたちのきゃあきゃあ騒ぐ声が近付いてくる。

「王妃様〜見て見てぇ!」
「僕たちで作ったの、見て!」
4・5歳ぐらいの少年少女が俺に向かって口々に話しかけてくる。
ていうか待て待て聞き流せない言葉があったぞ?
「分かったから落ち着きな、あと俺は優人だって言ってるだろ〜?」
きゃっきゃとはしゃぐチビたちに苦笑してそう言うと「は〜い、王妃様!」と元気に返事は返ってくるものの全く分かって無い。
いつもこうなので仕方ないか、と思いチビたちの手の中にある物を見る。

「花冠?凄く綺麗に作れてるな…」
茎の長めのピンクや白などの花を綺麗に編み合わせて作られてある。
どう見てもチビたちだけでは作れないような完成度のそれに思わずまじまじと見ているとチビたちが嬉しそうに口を開く。
「イリスが教えてくれたの!」
「凄いのイリスの手は魔法の手なの!」
興奮気味のチビたちの声になるほど、と納得する。
「イリスが作ったのか、流石イリスだな〜」
チビたちと一緒に感心していると慌てた様なイリスの声が聞こえる。

「そ、そのような…僕など…」
チビたちの後ろで恐縮したようにそう言うイリスにチビたちがまたはしゃぎだす。
「イリスは編み物も得意なの!」
「わたしイリスにレース編んでもらったの!」
嬉しそうにきゃあきゃあはしゃぐチビたちにイリスはふわ、と笑う。
「俺もイリスは凄いと思うよ」
にこ、と笑ってそう言うとイリスは照れたようにはにかむ。
イリスって自信が無いからいつも控えめだけど、こうやって笑ったら可愛いよな。
癒し系って言葉がぴったりだな。

俺もイリスもほのぼのとしているとチビたちがぐいぐいと俺の服を引っ張る。
「ん?」
なんだ?と思い下を見てみるときらきらと期待に輝くチビたちの眼。
「王妃様、これあげる!」
「これつけて王様にこのお花渡してあげて!」
「王様にもつけてあげて!」
「え?」
ずいっと差し出された花冠二つに小さな花束。
え、俺にこれ被れって?
それは絵面的に…と引きつり気味になる俺の眼の前で期待にぱたぱたと揺れる小さな尻尾達。
そう、ここで人間は俺一人だけ、俺は狼の国に所謂異世界トリップとやらをしてしまったのだ。

◇◇◇◇
俺はごくごく普通に生活していた平凡な男子高校生だった。
それがある日ロッカーを開けたら、次に眼が覚めたのは見知らぬ部屋のドでかいベッドの上。
しかも眼の前にはもふもふした大きな犬。
まあ実際は狼だったんだけど、寝起きの俺はぼ〜としたまま無意識にその犬を撫でてたんだよな。
あ、俺ペットショップでバイトしてたことあるんだけど、その時店長に『犬落としの手』とか言われるほど犬の撫で方が上手いそうなんだよな。
ま、そういうわけでその犬も俺に撫でられてうっとりしてたんだ。

そしたらいきなりドアがノックされて男の人の声がして、やっと正気になった瞬間何故か眼の前には超美形の男がいたんだよね。
しかも頭には獣耳付きの。
ぴくぴくしてるその耳に釘付けになってる間に、何故か俺ってばその美形の大事な方ってことになってたらしい。
それでその後独りぼっちだと思って泣いちゃったりとか色々あったんだけど、まあ俺とその超美形は恋人同士になったんだ。
男同士だけどここではよくあるらしい。
男同士で子供までいるって知った時は生命の神秘を感じたね。

そういうわけで俺はここで結構元気に生きている。
ここは戦争とか無い穏やかな世界らしいし、まあ時々不便だけどそれより空気美味しいしご飯も美味しいし。
で、今ものんびり野原で過ごしてたんだけど、俺の恋人が普通じゃ無かったんだよね。
狼の一族の王様やってて、すっごい皆に人気があるんだよ。
初めは地味顔の俺なんか相応しくないって反対されるのかと思ったけど、そんなことは無くてむしろ逆、歓迎されすぎるくらいだった。
会うたび会うたび王子の誕生が待ち遠しいです、とか言われるんだぞ!?
恥ずかしすぎるだろ!
チビたちも大人に触発されたのか何かとこうやって期待してくるしさ…
大分慣れてきたとはいえ日本人な俺には恥ずかしすぎるんだって…

◇◇◇◇
「王妃さま〜?あっ!王様〜!!」
「王様〜!!見て見てぇ!」
ぴくぴくっと耳を動かしたかと思うとチビたちは勢いよく野原を駆けて行く。
その先にはいつの間に来たのか二人の美形。
「お前たちが作ったのか?凄いな」
わしゃわしゃと足元に群がるチビたちの頭を撫でるその姿に俺は声をかける。
「イシュ、今日はもう仕事終わったのか?」
イシュこそさっきまで言っていた俺の恋人だ。
白に近い銀色の髪を揺らしてイシュの濃い蒼い眼が俺の方を見る。

「ああ、ここにユウトがいると聞いてな」
ゆっくり俺の隣に来たイシュは俺を見て眼を細めると額に軽いキスをする。
ううう、元が狼だからかこういうスキンシップは当たり前なんだろうけど恥ずかしい…!
しかも今は周りに人がいるから余計に顔が熱い!
見ろよチビたちがきゃあきゃあ言ってるじゃないかっ!
イリスも恥ずかしそうに頬がうっすら赤いしっ!
そんな俺の様子を分かってる筈なのに今もぴったり俺にくっついてるイシュを軽く睨むがにっこりと笑い返されて終わる。
うう、くそ、俺がイシュの笑顔に弱いと知ってるくせに…!
俺の腰を抱いてふわりと笑うイシュにチビたちが花冠を手渡す。

「王様、王妃様とお揃いあげる〜!」
「あげる〜!」
「ありがとう、嬉しいよ」
イシュがまたわし、と頭を撫でるときゃあ〜!と照れたようにはしゃぎながらチビたちは駆けて行ってしまう。
そう言えばそろそろチビたちは勉強の時間か。
「上手く作ってあるな…イリスが作ったのか?」
しげしげと手の中にある花冠を見ていたイシュの声に、イリスの頬がうっすら赤くなる。

「あっ、その、あの、陛下…お、お恥ずかしい物を…」
緊張のあまりしどろもどろなイリスの隣にうっすら青みのある銀髪に薄い蒼色の眼の美男子が立つ。
「イリス、作り方を見せてもらえるか?」
「ぁ、ジル様…は、はい」
宰相であるジルさんの言葉にイリスは慌てて座りこむと近くに咲いてある花を数本摘む。
イリスの隣に腰を下ろしたジルさんにつられるように俺とイシュも座り込む。
「ぼ、僕もユウト様に教えていただいたのですが…こ、こうして編んでいくんです」
イリスは頬を赤くして俯いたまま、手元を見やすいように前に差し出して編みだす。

「ユウトもこれを作れるのか?」
イシュが驚いたように聞いてくるので苦笑して顔の前で手を振る。
「こんな綺麗に作るのは無理、手先が器用なイリスだからこんな綺麗に出来るんだって」
実際うろ覚えながらこうだったような…と俺が歪に編んで見せたものを見て、後はイリスがその器用さを生かしてここまで綺麗な物を作る様になったのだ。
今もすいすいと器用に動くイリスの指の動きに感心してしまう。
それはイシュも同じだったようで興味深そうに手元を見ている。
「こうか?中々難しいな…」
ジルさんの声にそちらを見るとなんとジルさんも花冠を編んでいた。
しかも中々上手い。

「そ、そうです」
こくんと頷くイリスも驚いたようで眼を丸くしていた。
ていうかジルさんって見ためがすっごいインテリエリートな冷たい感じがするから野原で花冠を作ってる姿がすごい違和感…
俺のそんな考えに気付いたのかじろりとジルさんが鋭い視線を寄こしてきたので慌ててイシュの手の中にある花冠に視線を移す。
危ない危ない、ジルさんって鋭いんだよな…
「せ、折角だから被ってみなよ、イシュ」
大きめの花冠を手にとって隣に座るイシュの頭にのせてやる。

「どうだ?」
少し気になるのかぴくぴくと耳を動かしながら尋ねるイシュに思わず無言になる。
普通男が、しかも男前がこういうの被ってたらミスマッチかと思って密かにイシュのこと笑ってやろうとか思ってたのに…
「……イシュの美形めっ!」
「…それは褒めてくれてるのか?」
苦笑するイシュに俺はむっとしたままだ。
なんでこれまで似合うんだ!?
これが俺の様な平凡と美形の差なのか!?

むっとする俺の頭にイシュは小さいほうの花冠をそっとのせて笑う。
「ユウトも似合ってる、可愛いよ」
「…お世辞はいらないって」
俺みたいな地味顔に似合うわけ無いし。
ぷいっと顔をそむけると「本当なのにな」と苦笑するイシュの声が聞こえる。
「イリスだって俺には似合わないと思うだろ?」
「そんな…ユウト様にとてもお似合いです、僕なんかが作った花冠で申し訳ないぐらいです」
同意して欲しくてイリスに問いかけるがイリスはふわりと笑ってそんな事を言う。

「俺が似合うってのは納得いかないけど、イリスはもっと自信もって良いと思うよ」
「そうだな、イリスの作ったレースは人気が凄いらしいしな」
俺とイシュがそう言うがイリスはちょっと困ったような感じに笑うだけだ。
イリスもまあ容姿が俺と同類、地味系になるんだけど、そのことで昔随分嫌な眼にあったみたいなんだよね。
そのせいか自信が無くていつも控えめなんだ。
俺なんかはイリスは癒し系で可愛い性格だと思うんだけど…
こればっかりはゆっくり進めるしかないか、と俺はひとまず口を閉じる。

「ユウト、少し歩かないか?」
俺が少し落ち込んだのが分かったのか、イシュが優しく尋ねてくる。
その言葉に頷いて返すとイシュが俺の手を引いてゆっくりと立ち上がる。
「少し歩いてくる」
イシュが二人にそう言うとゆっくりと俺達は歩き出す。
今は丁度花が綺麗な時期で、野原には色とりどりの花が咲き誇っている。
手を絡めて二人で歩く。
特別会話とかは無いけど、凄く穏やかで心地いい。
二人からは声が聞こえないような位置に来た時、イシュが静かに口を開く。

「…もう明日だな」
「…うん」
明日には俺とイシュの結婚式がある。
その時俺は正式にイシュの伴侶になることになる。
「…ユウト、本当にいいのか…?」
小さなイシュの声が、風に乗って耳に届く。
イシュの伴侶になるってことは、王妃になるということ。
それに伴って色々と俺にも責任が出てくるし、何よりそうなると確実に元の世界には帰れなくなる。
ジルさんが様々な文献や伝説とかを調べた結果、俺と同じように過去に来た人の中に元の世界に帰った人がいることが分かった。
詳しく調べた結果、分かったことはある一定の条件を満たせば帰れる可能性があるということ。
条件ってのは地形とか月とか星の位置とかそういうのと、後一つ。

この世界に、伴侶がいないこと。
この条件を満たせなければ、決して帰ることは出来ない。
もちろん帰れるか自体怪しいし、俺の場合色々な条件がそろうのは何十年後ってことなんだけど。
だけど、可能性はゼロじゃ無い。
イシュと結婚すれば、その可能性は消える。
だったら、結婚せずに恋人でいればいいじゃないかって思うかもしれない。
だけど、それは出来ない。
イシュは王様だ。
ここでは世襲じゃ無くて実力主義らしいけど、やっぱり王様の子供は優秀な子が多いし期待されてる。
それに、王は伴侶を持たなければならない。

ここには戦争とかは無いけど、それでもやっぱり国同士の対立とかは無いわけじゃない。
王は国民を安心させるためにも伴侶を得て、王の血を引く子を作る必要がある。
王に何かあった時のためにも、正式な伴侶を持つ必要があるのだ。
イシュは今までは王としての責務に慣れるまでの猶予期間ってことで独身でも許されたけど、もうそれも終わり。
王であるイシュは、正式な伴侶を持たなければならない。
そして王は余計な問題が起きないよう、正式な伴侶一人以外とは関係を持つことは許されない。
つまり、俺とイシュが一緒にこれからもいれる方法は俺が正式な伴侶になる、その一つしかないと言うこと。
でも、それは俺が二度と戻れなくなることを意味する。

俺は、イシュか元の世界か、どちらかしか選べない。
どちらを選んでも、残る一方を失う。
どちらも俺にとっては大切なもの。
選べるのは、たったひとつ。
「……」
俺の一歩前を歩く大きな背中を見つめる。
イシュは、とても優しい。
だから、ジルさんからこの話を聞いた時からずっと、俺と距離を置いてきた。
そんなこと無い、と言われるかもしれないけど、これは確信を持って言える。

今だって手は繋いでいるけど、心は遠い。
頬や額にキスはするし、優しく微笑みかけてくれるけれど。
ある一定距離以上を超えると、一気にイシュは引き下がってしまう。
イシュの眼の中には、迷いがいつも見えた。
そして多分、それは俺の眼の中にも。

振り返らないイシュは、とても優しい。
振りほどけてしまう力でしか手を握らないイシュは、とても優しい。
きっとイシュは俺が選んだことなら受け入れる。
長くは無いけど、ずっと近くで過ごした俺には分かる。
イシュは、俺のことを一番に考えてくれる。
だから、何も言わなかった。
俺がイシュに選んでくれ、と言われれば、断ることが出来ないことをイシュは知っていたから。
だから、何も言わずにいてくれた。

今も。
イシュはきっと、どんな答えでも受け入れてくれる。
誰よりも強くて、優しい人だから。
だから、俺はイシュのことを好きになったんだから。

ぐっと気を引き締めて、いつの間にか立ち止ったイシュの隣に立つ。
二人とも前を向いたまま、お互いの顔は見ない。
お互い繋いだ手に力が入っていないからか、隣にいるのに酷く遠く感じる。
「……俺、決めたよ」
静かに口を開く。
ずっと考えていた、どちらを選ぶか。
考えるたびに、あっちにいる家族の顔、こっちで出来た親友のイリス、あっちの友人、こっちのジルさん、色々なことがぐちゃぐちゃの頭に浮かんでは消えた。
何より、両親とイシュの姿が交互に浮かんで、苦しかった。
どちらも大切な存在なのに、どちらかは選べないなんて。

迷ったし、ずっと悩んだ。
正直、今だって少し迷ってるし、後悔しないなんて絶対言えない。
きっとこれからも思い出して悲しんだり、泣いたりする。
それでも、俺は、決めたから。
「…俺さ、あっちに気になってた漫画とかあるんだよね。ゲームだって新作買ったばっかのもあるし」
イシュは、ただ黙って俺の言葉を聞いてくれる。
「友達に借りてた漫画だってあるし、あっちでしたいことたくさんあったんだよね」
遠くでチビたちがはしゃぐ声が聞こえる。

「…どっか適当に大学でも行って、適当なとこに就職して、結婚して、子供作って…両親に、孫の顔、見せてやりたいって…」
じわりと視界が歪む。
声が湿っぽくなり、弱弱しく揺れる。
「…そう、思うのに…っ俺、俺…っ…この手を離したくない…!」
ぴく、と繋がった手が揺れる。
一度零れてしまえば、堰を切ったように涙が次から次へ溢れでる。
「お、俺…っ親が悲しむって分かってるのに…っぜ、絶対後悔しないなんて言えないのに…っなのに…っ」
胸が苦しい。
あちらの世界を捨てきるなんて絶対に出来ないのに。
なのに。

「…っそれでも、イシュと一緒にいたい…っ!」

ずっと考えた、悩んだ。
迷って迷って、どうしようもなくなって。
俺は、想像してみたんだ。
もし、この手を離して、元の世界に戻れたら、って。
きっと、両親は凄く喜んでくれる。
俺も、きっと喜ぶ。
その後は、多分普通に暮らすんだと思う。
どこかに就職して、誰かと結婚して、子供をつくって。
でも、きっと俺はイシュのことは忘れられない。
一生、イシュのことを想ってる。
そう考えた時、ぞっとした。
イシュのことを想いながら、誰かと結婚する?
その誰かに、イシュの面影を探しながら?

それは、幸せって呼んでいいのか?

俺は馬鹿だから幸せなんて難しいものはよく分からない。
だけど、これだけは言える。
きっと俺は元の世界に帰れても、幸せになんてなれない。
誰かを愛するなんて、きっと出来ない。
見知らぬ誰かに、強くて優しい人の面影を、探し続けてしまう。
それだけ、俺にとってイシュの存在は大きくなっていたから。
そのことに、気付いてしまったから。
もう、この手を離すことなんて出来ない。

「…っイシュ、俺、ここにいてい…?」
涙でぐしゃぐしゃになった情けない顔で、小さく呟く。
きゅう、と繋いだ手に力を込める。
「っユウト…!!」
ぐっと繋いだ手を力強く握り返されたかと思うと、痛い位に抱き締められる。
俺もイシュの背に手をまわして縋りつく。
「俺は、酷い男だ…っユウトが、こんなに悩んで、苦しんでるのに…っそれなのに、俺を選んでくれたことが嬉しくてたまらない…っ!」
掠れて小さく震えているイシュの声に、胸が詰まる。
きっとイシュも怖かった。
俺がどちらかを失わないといけないことに苦しんだように、イシュだって俺を失うかもしれないことに怯えていた筈なのに。
なのに、イシュは俺のために何も言わずにいてくれた。

俺が、自分で選べるように。
もし俺が元の世界を選んだら、ここから逃がしてくれる手配までして。
イシュだって、俺と同じくらい苦しんで怖かった筈なのに。
「ユウトの背負う罪悪感も後悔も、俺が半分背負う…っだから、傍にいてくれ…っ」
絞り出すような震える声。
きっとイシュの本音。
微かに震える腕で抱き締めてくれるこの人が、俺は誰より愛おしい。
元の世界を失っても、この人を失いたくない。

「…っ」
言葉に出来ず、ただただ必死に頷く。
ぎゅうっと抱き締めて、抱き締められる。
きっと後悔も悲しみもする。
だけど、それを上回る幸せがきっとここにはあるから。
だから。
「ユウト…」
ゆっくり身体を離して見上げると、微かに目尻が赤くなって潤んだ眼をしたイシュの顔。
きっと俺の顔は、涙でぐしゃぐしゃ。
でも、そっと頬を拭ってくれる温かい大きな手がここにはあるから。

「「…愛してる」」
どちらとも無く零れた言葉。
静かに近寄って来たイシュの顔に、黙って眼を閉じる。
触れるだけの口付けだったけれど、それは何より神聖な誓いに思えた。

◇◇◇◇
「何を考えてるんだ?ユウト」
「イシュ…」
ぼんやりテラスでお茶をしながら昔のことを思い出していると、いつの間に来たのかイシュが隣に座って俺の頭を撫でていた。
その優しい眼差しに笑みが零れる。
「俺がここに残るって決めた日のこと。今思うと二人とも花冠被ってたしなんか結婚式みたいだったなと思って」
実際の結婚式は豪華なものだったけど、と笑うとイシュも思い出したのかああ、と微笑む。

「結婚式もそうだが、あの日のことも忘れられないな、ユウトに初めて愛してると言ってもらえた日だ」
イシュの言葉に顔が熱くなる。
俺は日本人の性質のせいか、そういう言葉にするのは凄く恥ずかしくて中々出来ないのだ。
そんな俺のことをよく分かってるのに、イシュは時々こうして平気で恥ずかしいことを言い俺の反応を楽しむ。
「…愛してるよ、ユウト」
甘い笑みを浮かべて言うイシュに、更に顔が熱くなる。
恥ずかしさからうろうろと視線をさ迷わせていると、そっと頬に手を添えられて真っ直ぐイシュの顔を見ることになる。

「…ユウトは?」
「…っお、俺もだよ…」
なんとかそれだけ言うが、イシュは逃がしてくれない。
「俺もとは?言ってくれないと分からない」
「〜〜〜!」
恥ずかしさに赤く染まった顔できっとイシュを睨むが、イシュは楽しそうに笑って全然堪えていない。
それどころか甘い笑みを浮かべたままそっと顔を近付けてくる。
「ユウト?言って…」
至近距離で熱い視線を送られ、肌にかかる吐息に更に熱が上がる。

凄く恥ずかしいし、苦手だけど。
たまには俺だって、自分の気持ちを伝えたいから。
「…ぉ、れも、イシュのこと…ぁ、愛してる…」
おずおずと小さな声でそう言うと、本当に嬉しそうにイシュが笑う。
その笑顔に、俺も心が温かくなる。
二人で笑みを交わし合い、どちらともなく静かに近寄り、眼を閉じる。

両親とかのことを考えるとやっぱり胸は痛むけど、今の俺は満ち足りてる。
何度も角度を変えて降ってくる口付けに俺も背中に腕を回すことで応えると、更に深いものになっていく。
力強い腕の中、俺はきっと幸せってのはこの胸を満たす温もりのことを言うんだろうと思い小さく笑みを浮かべた。

◇◇◇◇
「あれ?母上と父上は?」「あちらにいられますよ」
「あ、ちゅーしてる」
「お、王子!み、見てはいけませんよ」
「どうして?いつも朝から父上は母上にちゅーしてるよ?」
「!そ、それはその…」
「朝は王子も一緒にいられるでしょう?今のようにお二人でおられる時のものは見てはいけないのですよ」
「ふうん…?そうなんだ…」
「え、ええ」
「父上と母上はいつもラブラブだもんね、あ〜僕も早く母上みたいなお嫁さんが欲しいなあ…」




110521
(そろそろあの子の弟か妹が欲しくないか?)
(っ(赤面))
(ついでにその子の遊び相手もいてくれればありがたいが?)
(そうですね…善処しましょうか、イリス?)
(!!?)

長々とお待たせしました
長編凍結なので短編風にしてみました…が、長い!
しかもラブラブというリクでしたのに……どこが!という出来に…!(滝汗)
あわわほんとすいません…!!
もっとラブラブを書けるよう努力します…
春名様、御不満等ありますと思いますのでお気軽にコメントしてやってください
それではこれからもよろしくお願いいたします