バレンタイン3 | ナノ
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「#幼馴染」のBL小説を読む
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ビターチョコ的告白 前編


「明日手作りのチョコ持ってくるから、食べてよぉ〜」
「俺甘いの苦手だから」
「いいじゃんバレンタインなんだし」「ねえ将史ぃ」
3年の受験真っ只中だというのに、クラスの片隅では女子が必死に一人の男にアピールをしている。
そっけなく返事をする男の気を少しでも引こうと女子は懸命に話しかけるが、男はそんなことには興味無いと言わんばかりだ。

俺はそれを視界の隅に入れながら問題集に印をつける。
受験があっても将史は大量なんだろうな、とぼんやりと数式を見ながら思う。
俺は岡野嵩(おかのたかし)、受験生だ。
もう本番まで時間の無い俺達は必死に勉強している奴がほとんどだ。
ただし、例外もいる。
さっきから女子が気を引こうと躍起になっている男もその一人だ。
倉橋将史(くらはしまさふみ)はこの時期になっても勉強に力を入れず、だるそうに雑誌をめくっている。

まあ将史は今更勉強なんてしなくても余裕だからな。
真面目そうには見えないし、実際真面目とは言いにくいが、将史は頭が良い。
それに頭だけじゃ無くて容姿もいいので女子から絶大な人気を誇っている。
将史は色素が元々薄い髪に緑がかった眼をしている。
周りは皆染めたりコンタクトだと思っているようだが、あれは実は全て本物だ。
何でも実の母親が外国人だった、らしい。
だから将史はハーフになるのだが、本人はそれを嫌がって周囲には言っていない。
というのも将史の母親は小さい将史を父親に押しつけていったので、良い記憶がないらしいためだ。

どうして俺がそんなことを知っているのかというと、俺と将史が幼馴染だからだ。
幼い将史を押しつけられ困っていた将史の父親に、同い年の子供を持つ俺の父親が声をかけたのがきっかけだ。
多分二人ともシングルパパだったから直ぐに打ち解けたんだと思う。
それから親達は交流を深め、俺と将史は出会った。
ぼんやりと問題集を見ながら出会った頃のことを思い出す。
あの時将史は身体の小さな子供だった。
冬に生まれたということもあったんだろうけど、ストレスであまり食べていないせいだった。
いきなりよく知らない男の人の子供だと言われても納得出来なかったんだろう。
将史はその頃大人を酷く嫌っていた。
それは今も治ってはいないようだけど。

「ねえ将史ぃ〜…っきゃ!」
「あのさ、ウザい。寝るからどっか行けよ」
「なっ!も〜!!明日絶対食べてよ!!」
声の方を窺うと、どうやら将史は女子の相手が面倒になったらしく腕を振ってあっちに行け、という仕草をしていた。
普通ならそんなことをされたら怒るけれど、将史は別だ。
それでもいいと思ってしまうものを将史は持っている。
カリスマ、とでも言うのか、将史は人を惹きつけるオーラのようなものを持っている。
だから無碍に扱われても、嫌いになれない。
俺は、それを良く知ってる。
だってそれを一番多く経験しているのは、間違い無くこの俺に違いないのだから。

◇◇◇◇
「今日は肉じゃがか…あっグリーンピースは入れんなっつったろ」
「好き嫌いは良くないし、少なくしてあるから」
机に並べられた料理を見て将史が不満の声をあげるのに俺はそう返して味噌汁をよそう。
俺の家も俺が小さい頃に母親と離婚したので家事は今ではお手の物だ。
父親と協力してやってきたのだが、最近は仕事で忙しい父親に代わり専ら俺が家事を担当している。

「ごめんね嵩君、将史が我儘を言って」
「いえ、気にしてませんし」
すまなさそうな声にそう返すと、その人は呆れたように将史に視線を送る。
「将史、嵩君に甘えすぎだぞ」
「うっせぇよ、親父には関係ないだろ」
将史はそう言うとどかっと椅子に座る。
その前に座った将史の父親である将俊さんはむっとしたように眉をよせる。
「将史、関係無いことは無いだろう」
将史と、やはり父親とよく分かる将史に良く似た端整な顔の将俊さんが向き合って座っていると、どこでもあるリビングなのにドラマでも見ている気になる。

「大体お前は昔から嵩君に甘えすぎ…って聞いてるのか?」
「聞いてるっつの、つかもうそれは聞きあきたから。それより嵩飯まだ?」
「将史っ!お前は…!」
「あんだよ?」
ごはんをよそいながら聞いていると何やら雲行きが怪しくなって来た。
二人とも体つきが良いから喧嘩になると大惨事になる。
将史が中学生の頃、一度大喧嘩をしたのだがその時はソファとテーブルを買い替えるはめになった。
俺は慌てて仲裁にはいろうとしたが、それよりも先に二人の間に入った人物がいた。

「まあまあそう怒らずに、お腹もすいたでしょうから、まずは食事にしましょう」
「康さん…」
父さんの声にほっと胸をなでおろす。
父さんがいれば喧嘩になることも無い。
思った通り二人とも大人しく椅子に座った。
俺に似て地味な顔の父さんは、俺とは違って癒し系なのだ。
性格が違うからか、俺よりも父さんがこういう時は間に入った方が将史は大人しくなる。
椅子に座った将史が父さんと何やら話し、微かに笑っているのを見て俺の胸は小さく痛む。

「嵩、遅くなってごめんね、それじゃあご飯にしようか」
「うん、父さん」
父さんの声にトレイに乗せた茶碗を持ってテーブルに向かう。
「ありがとう、嵩君」
にっこり笑う将俊さんに俺も笑いながら茶碗を渡した後、父さんの前にも茶碗を置く。
そして次は将史に。
「…はい、将史」
「ん」
俺をちらりとも見ずに、そっけなくそれだけ言うと黙ってしまった将史の前にも置くと、残る一つを持って将史の横に座る。

「それじゃあ頂きます」
「頂きます」「頂きます」「…頂きます」
父さんの声に合わせて皆口々にそう言うと箸をとり食べ始める。
俺は朗らかに話し始める父さんと将俊さんの声を聞きながら、ちらりと隣の将史の様子を窺う。
文句を言ってはいたもののがつがつ食べているようでほっとする。
俺に出来ることはこれくらいしか無いから。

「そういえば嵩君、本当に大学には進まないのかい?」
将俊さんの声に俺は箸を止めて斜め前に座る将俊さんを見る。
隣に座る将史の機嫌が少し悪くなったのを感じる。
この話題は出来れば将史のいないところで話したかったんだけどな。
何か言いたげな将俊さんの表情に、小さい頃良く見た将史の顔と同じだな、と思う。
二人は親子だからか、よく似ている。
「はい、俺は大学では無く、専門学校に進もうと思っています」
「本当にそれでいいのかい?もしも学費なんかを気にしてるんなら…」
「いえ、もともと俺は料理の道に進もうとは思っていたので、そういう理由で決めたわけでは無いんです」

きっぱりとそう言うと将俊さんは眉を心なし下げて何か物言いたげだ。
多分俺のそれが本当に本心かどうか判断がつかないんだろう。
「…それでいいつってんだから放っときゃいいだろ」
「将史!俺は嵩君のことを心配してだな…!」
「だから本人が決めたんならそれでいいだろうがよ」
将史が機嫌悪そうにそう言うと将俊さんが眉をあげて将史を窘める。
またも喧嘩に発展しそうな二人に、俺が慌ててどうにか宥めようと箸を置いた時、静かな父さんの声が聞こえた。

「…嵩は本当にそれでいいんだね?後悔しないか?」
父さんの声に今にも立ちあがって怒鳴り合いそうだった二人も俺の方を見る。
俺は向かい側に座る父さんをじっと見つめる。
穏やかな顔で俺のことをじっと見る父さんの眼をはっきりと見て、俺は答える。
「うん、後悔しない」
きっぱりとそう言うと、父さんはにこ、と人のよさそうな笑顔になる。
「父さんは嵩が後悔しないならそれでいいよ、二人もそう思わない?」
そう尋ねられた二人は、父さんの笑顔に毒気を抜かれたように落ち着きを取り戻す。

「…全く康さんには敵わないな、でも嵩君、もしも気が変わったらすぐに言うんだよ」
「はい」
将俊さんの優しい言葉に、思わず微かに笑いながら返事をするが、直後に隣からかけられた冷たい声がざくりと胸に刺さる。
「はっ、一人で勝手に決めたんだ、今更気が変わったなんて都合良すぎだけどな」
「将史!!」
嘲笑うかのように冷たくそう言う将史に、将俊さんが声を強める。
が、将史はふんと鼻をならすとがちゃん、と乱暴に箸を置いて席を立つ。

「待ちなさい将史!どこに…」
「受験生だから勉強すんだよ、誰かさんと違って俺は大学受験があるから」
「そんな言い方は無いだろうっ!」
将史はそう言うとリビングを出ていってしまう。
将俊さんが追いかけようと腰をあげかけるのを、俺は「いいですから」と止める。
「しかし…あんな言い方は…」
「きっと将史君は嵩が一人で決めたことを拗ねてるんだよ、将史君にも何にも言わず決めたんだろう?」
父さんの声に俺は頷く。
「きっと将史君も分かってくれるよ、時間がたてばまた前みたいな仲に戻るよ」

父さんの言葉に俺は「…そうだと、いいね」としか返せなかった。
「将史の奴…拗ねたからってあんな態度…全く、あいつはいつまでも子供だな…」
はあ、と溜息をついた将俊さんは苦笑して俺の方を見る。
「将史はあの通り餓鬼だけど、これからも仲良くしてやってくれ、嵩君」
その言葉に俺は曖昧に笑って返事を誤魔化す。
父さんも将俊さんも直ぐに元に戻る、というようなことを言うけど、俺にはそうは思えなかった。
将史はもう、俺のことを鬱陶しく思っているのかもしれない。
俺はずきんと痛む胸を隠して、話題を変えようと明るい声を意識して口を開いた。

◇◇◇◇
俺と父さん、将史と将俊さんは同じ家に住んでいる。
男手ひとつで子供を育てることがいかに大変かを実感した二人は、二人で協力して子供を育てることにした。
俺と父さんは家事が得意とまでは言えなくても、そこそここなせるようにはなっていたので一緒に暮らすようになってからは専ら俺達が家のことはしている。
その代わりと言うか、将俊さんは生活費のほとんどを担ってくれている。
そもそもエリートサラリーマンの将俊さんは家を開けることが多く、家事をする暇も無かったので何と言うか家事については駄目駄目だ。
それに対して父さんは家事などはまあこなせたものの、平社員な上に俺と言う子供を育てていくには経済的に厳しい物があった。
だからこの同居は二人にとって望んでも無いことだった。

俺と将史はこうして物心つく前から一緒に暮らすようになった。
もちろん最初の頃はお互いぎくしゃくしていたものの、境遇が似ていたこともあって俺達はすぐに打ち解けた。
『おれとたかしはこれからはかぞくだからな、これはかぞくになったあかしとしてやる』
そう言って将史は俺におもちゃの指輪をくれた。
今思うとアレは多分テレビか何かで見たプロポーズか何かを勘違いしたんだろうと思う。
でも俺にとっては家族が増えるってのは嬉しいことだったし、多分将史にとってもそうだったんだと思う。
俺と将史はお互いに指輪を贈り合った。
ビーズで作られた、どこにでもありそうなものだったけど、俺達にとっては大事な宝物だった。
その指輪は、俺と将史が家族だっていう証だったから。
一度家族を失った俺達にとって、家族は特別な物だった。

そうやって打ち解けた俺と将史は、良好な関係を築けていたと思う。
というか、幼い頃は両親が不思議に思うくらいに仲が良かった。
寝るのも一緒のベッドで寝たし、家でも二人でくっついていた。
あの頃、俺にとって将史は特別だったし、将史にとっても俺は特別だった。
もちろん父さんも将俊さんも大切な家族だけど、仕事がある以上一緒に過ごせる時間は限られていて、必然的に一緒に過ごすことが多かった俺と将史の絆は深まった。
『たかしはずっとおれのたいせつなかぞくだからな』
『うん、まさふみもずっとおれのたいせつなかぞくだよ』
ぎゅっと手を繋いで、ベッドの中で何度もお互いにそう言い合った。
きらきらと光を受けて光るビーズの指輪みたいに、これだけは何があっても変わらないと信じていた。

俺達の関係に転機が訪れたのは、小学校の高学年になった頃だったと思う。
その頃になると十分な栄養をとるようになったからか、将史はそれまでが嘘のように成長し始めた。
一番小さかった身体はクラスの男子と比べても見劣りしなくなったし、何より思春期を迎え出した中にその美貌は注目を集め出した。
幼いころの境遇からか、それとも生来の性分なのか、将史は言葉遣いや態度が少々荒っぽかった。
小さい頃は怖いと敬遠される理由になったが、その頃にはそれが魅力的だと将史の周りに人が集まりだした。

初めは将史は周囲を嫌うように俺としかまともに取り合おうともしなかったが、次第に周囲とも交流を持ちだした。
それにつれてクラスが違ったということもあり、段々と学校にいる間は俺と一緒にいることも減っていった。
一緒にいる時間が減り、俺は寂しく思ったが、家に帰れば今までのように過ごしていたのでそこまで悲しいということもなかった。
その頃はまだ俺達の間にはしっかりと絆があったと思う。

でも中学に入るとそれも無くなった。
将史とは同じクラスになれなかったが、噂は良く聞いた。
誰と喧嘩したとか誰を振ったとか。
その頃には将史はその端整な顔もあって男女ともに有名になっていた。
そして、家にもあまりいなくなった。
夜は遅くまで街に出て行くようになったのだ。
どんなことをしているのかは噂で聞いてでしか知らなかったが、帰って来た時に凄い香水の匂いを纏っていたり喧嘩をしたのか怪我をして帰ってくることもあった。

俺はどうして、と心配したが、将史に理由を聞くことは出来なかった。
将史はその頃になると俺を避けるようになりだした。
家に帰っても直ぐに自分の部屋に行ってしまうし、俺と話すことはおろか、顔を合わせるのも嫌だというようにはっきりと俺を避けていた。
…正直凄くショックだった。
いきなりそんなふうに避けられる覚えも無かった。
理由を聞こうにも避けられてしまっていたし、会っても眉を顰めて不機嫌そうにされると聞くことは出来なかった。

……そして、俺はある日将史の着ていたシャツにべっとりと口紅がついているのを見つけた。
ズボンのポケットに避妊具のゴミが入っているのも。
がつんと頭を思い切り鈍器で殴られたみたいな衝撃だった。
気付くと俺はぼろぼろと泣いてしまっていた。
俺は、自分が将史を恋愛対象として好きだということにその時気付いた。
見知らぬ女性に嫉妬したし、羨ましく感じた。
将史に触れたい、と思う感情が、家族愛という言葉でくくりきれないことを、はっきりと自覚した。
誰にも言えない、持ってはいけない感情だとは分かってはいたけど、その頃には俺にとって将史と言う存在は大きなものになり過ぎていた。

自覚したからと言って俺に何が出来る筈もなく、将史とは会話も無い関係が続いた。
荒れた生活は収まりを見せなかったし、その頃は家でもイライラしているように見えた。
そんなある日、あの事件は起きた。
その日は珍しく将俊さんが早く帰って来ていたので、俺は将俊さんのために少し早目の晩御飯を用意していた。
その頃父さんは仕事が忙しくて帰りが遅かったし、将史も夜遅くまで帰らない日が続いていて、俺は今夜は久しぶりに一人で無い食卓につける、と嬉しく感じていた。

将俊さんが手伝おう、と言ってくれたので筑前煮の盛り付けをお願いして俺は煮魚の仕上げに取りかかっていた。
その時がたんと音がして、扉の方を見ると将史がこちらを見て立っていた。
その表情がいつもよりも穏やかで、俺に何か言いたそうに見えたので俺は火を止めて将史の前まで駆け寄った。
その時俺は久しぶりに将史と話せる、と浮かれていた。
「お、お帰り、今からなんだけど、晩御飯食べる?」
久しぶりの会話に少し緊張しながらそう聞くと、将史はしばし躊躇した後、何か言おうと口を開いた。

「嵩君、これでいい…っと、将史、帰ってきてたのか」
その時丁度奥で作業していた将俊さんがこちらに出てきて声をかけた。
将史はハッと俺と将俊さんの顔を見た後、はっと顔を歪めて低く嗤った。
「…親父の御機嫌とりかよ、大変だなぁ養ってもらう身はよ」
俺を見下ろして嘲笑するように吐き捨てた将史の言葉に、俺は全身が強張った。
言われた内容にさあっと血の気が引くのを感じた。
ショックすぎて立ち竦むしか出来ない俺に、更に将史の言葉は続く。

「大体鬱陶しいんだよ、俺なんかじゃ無くて親父の機嫌だけ窺ってりゃいいだろうがよ」
冷たい声にぐらぐらと頭の中が揺れる。
そんな、将史はずっと俺のことをそんなふうに思ってたのか…?
だから、いきなり俺を避け始めた…?
「将史っ!!自分が何を言っているのか分かっているのかっ!!?」
青褪めて立ち竦むしか出来ない俺の代わりに、将俊さんが激昂したように声を荒げる。
将史は将俊さんを睨みつけるように見る。
「嵩君は大切な家族だ、それを何ということを…!!」
将俊さんの言葉に、将史は今まで見たことも無いような歪んだ顔で嗤う。

「家族…?はっ、親父の御機嫌とりするような奴が家族かよ」
嘲るような言葉に一瞬眼の前が真っ暗になる。
足元が急に崩れたように感じた。
将史は、もう、俺のことを、家族と思ってくれていない…?
急速に身体から血の気が引いていく。
もう、立っていることさえ、出来ない。

ふら、と倒れそうになった時。
「将史…!!」という将俊さんの聞いたことも無いような怒りの籠った声に、ガツッという鈍い音。
続けてガタン、と大きな物が倒れる音にふらつく身体を動かし音の方を見る。
「ってぇ…」
口元に血を滲ませて床に倒れた将史と、拳を握りしめて怒気を発する将俊さんが睨み合うようにして向かいあっていた。
「今何を言ったか分かっているのか!!いい加減にしろっ!!」
初めて見る激昂した将俊さんはその端整な美貌も相まって非常に凄味があった。
が、将史はそんな将俊さんに気圧された風も無く、むしろ更に怒りを触発されたかのように口元の血を拭いながら睨みつける。

「うぜえんだよ!毎日毎日御機嫌とるみたいに親父にへらへらしやがって…!」
「っ嵩君をこれ以上侮辱するような発言は止めろっ!!」
「事実だろうがっ!!今だってまるで媚売るみたいに…!」
「将史っ!!」
バシッという大きな音が鳴る。
将俊さんの振りあげた手が将史の頬を打った音。
「ってめぇ…」
ぎろ、と睨みつける将史に将俊さんも負けじと睨みつける。
「口で言っても分からないようだな…!」
「喧嘩しようってのか…上等だ…!!」

その言葉を合図に、ガッと激しく二人は争い始めた。
俺は情けないことに、将史の言葉がショックすぎて床にへたり込んでしまっていた。
あまりにも衝撃が大きすぎて泣くことも出来ない。
ただ余りのことにぼんやりと思考が纏まらない。
眼の前で二人が激しくやり合うのを、どこか遠いことのように見ているしか出来ない。
バタンドタンと大きな音を立てて激しく二人がぶつかり合う。
ガン、とどちらかの蹴りが入ったテーブルの脚が折れて大きく傾く。
バス、とソファに穴が開いて中の綿が飛び出す。

結局喧嘩は父さんが帰ってきて大きな物音に驚いて慌てて駆けつけて収束した。
俺は父さんが二人を宥めるのをぼおっと見ているしか出来なかった。
ふい、と視線も合わずに出て行く将史に、ずきんと胸が痛む。
怪我の手当てをしないと、と父さんが将史を追って二階に上がり、俺はようやくそこでのろのろと行動をすることが出来るようになった。
「…手当て、を…」
将俊さんのところへ向かうと、将俊さんも口元が切れてシャツもよろよろになってしまっていた。

「嵩君、すまない、あの子も本心ではあんなことを思っていないんだ」
「大丈夫、です。気にして、ませんから」
それ以上触れられたく無くて俯いて会話を拒む。
のろのろと手だけを動かして手当てをする。
…そうか、将史は、もう、俺のことなんか家族とも思っていないのか。
それどころか、鬱陶しい、って…

俺と将史の関係はその日を境に劇的に悪化した。
俺はどうしてもあの冷たい眼が、声が忘れられずに怯んでしまうし、将史はそんな俺を見て余計に苛立ちを募らせるようだった。
何の因果か高校まで同じになった時は一瞬本気で退学を考えた。
あの眼で見られることに俺はこれ以上耐えられそうに無かったから。
だけど、将史は高校では俺とは一切関わるつもりはなさそうだった。
そもそも幼馴染でさえなければ接点なんてない俺を、将史はその他と同じいてもいなくても同じような存在として扱った。

家でも変化はあった。
ほんの少しながら、将史は俺と会話をするようになった。
と言ってもさっきみたいに会話と呼べるのかどうか分からないものばかりだけど、それでも一時期よりはマシだ。
それが俺のことを少しでも見直してくれたからなら良かったんだけど。
…俺は分かっている。
将史がこうして俺に対する態度を改めたのは、父さんのためだということを。

…将史は、俺の父さんのことが好きなのだ。




110213

ビターなのでこれはちょっと苦めに
長くなってすいません…(汗)
受験生の方は今が追い込みですよね…renoもかつては頑張っていました…
友人は寝言で魘されながら必死に古文の活用形を言っていたそうです(病んでいる…)
受験生の皆さんは身体にも心にも気を付けて後少し頑張ってください