虚ろな灯は狂乱に散る





月のない夜。細々とした星明かりを頼りに歩く人影があった。腕には生まれて間もない赤子を抱え、尋常ではない様相で獣道を行く。
時々後ろを振り返っては、誰もいないのを確認する。

確実に恐怖と焦りが彼女を蝕んでいた。


「そいつを渡せェェェッ!!」
「喰わせろォ」


突然飛び出してきたモノ。明らかに人ではない姿をした彼らは、両手らしきものを伸ばして彼女を、否、彼女が抱いている赤子を捕らえようとしていた。
彼女は出そうになった悲鳴を呑み込み、必死で歯を食い縛り駆け出した。
しかし、彼らの前ではそんな抵抗は大したものではなかった。
すぐに追いつかれ、彼らの手が触れそうになる。


「ギャアッ!!」


それは見えない何かによって阻まれた。彼女はそっと息を吐いた。しかし、息をつく間もなく追撃は続く。
彼女の懐にあったのは、逃げることになる前、とある人が要りようになるだろうと渡していた札だった。

〈その子は稀なる魂と運命を持つ。そして、それに立ち向かうための″力”も。しかし、まだ赤子。いくら力があろうとその姿では使えん。
これを持っていきなさい。多少の力にはなろう〉

そう言ってあの人は去っていった。
この札がどこまで効力があるのかは分からない。だが、我が子だけは守らなければ。
その一心で彼女は駆けていた。



何度目かの攻撃を退けた時、とうとう札が跡形もなく消え失せた。
次にやられた時、自分の命はない。

(もうすぐあなたの側に……)
「傍にいてあげられなくて、ごめんなさい」


彼女の小さな呟きは一滴の涙とともに闇に消えた。
腕の中で眠る赤子の頬に冷たい雫が落ちた。



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