漆黒の悪魔



あの日からあまり部屋からでなくなった。そればかりか、食事もあまりとらない。
もともと、莫大な妖気にリクオや力のない妖怪達が中てられないよう離れで生活していた影華。その彼女の姿を見たことがあるのは、本家住まいの妖怪でも片手で足りるほど極稀。


しかし、今日は少々事情が違った。
影華は部屋の窓から出ると、いつも付き従う妖怪たちの一瞬の隙をついて、気づかれないように庭にある塀にほど近い木に登り、塀の外目指して飛び降りた。

何故そんな行動に思い至ったかと聞かれれば、何となくとしか言い様がないのだが。




ふらふらと町の中―――ではなく、森の中を影華は一人彷徨(サマヨ)い歩く。
周りは緑が覆い茂る木々に囲まれており、獣道のような道なき道を歩く少女ははっきり言って危ない。しかし、そんなことは百も承知である彼女は普段はいくらか抑えている妖気を存分に表に出していた。
そのおかげか、周りから窺(ウカガ)うように多種多様な存在の視線はあっても、襲い掛かってくることはない。

しばらく歩きそろそろ休もうというところで、不意にとある臭いが影華の鼻を掠める。影華は無言で眉をしかめると、臭いがするほうへと向かった。



そこにいたのは、………これはなんだろうか。
影華は思わず首を傾げる。およそ年齢に相応しくない皺が、眉間に刻まれている。体が傾くくらいになってようやく、影華は首を元に戻した。
なんだかよくわからない漆黒の靄(モヤ)。
中心と思われる部分に向かってだんだんと濃くなっており、正体不明のそれは不気味に蠢(ウゴメ)いてすらいる。


「………」

じっと食い入るように見ていた影華。ソレはいささか居心地悪そうにしていた。
ソレからは明らかな妖気が垂れ流しになっていることから、妖怪なのであろうことはわかる。だがしかし、周りを妖怪に囲まれて育ってきた影華には、そのことが少々受け入れられがたいことであるのも事実。


「私は黒須影華。お前は、何だ」


不意に影華は言葉を発し、ソレは答えるように動きを活発にする。


『我、黒の災禍と呼ばれる者。お前が噂の人間か』


それが発した言葉は音ではなかった。直接頭に響く音無き声。
だがそこで影華はまたも首を傾げる。
噂とは何ぞ?


『この国に来る道中、魑魅魍魎の主が面白き人間を拾ったときいた。名前は覚えていないが、この妖気…。確かに面白き拾い物だ』


疑問そのままに聞けば彼(?)は答えてくれた。
その答えに最初の質問は解決したが、次なる問が出現する。


「お前、この国の妖怪じゃないのか」
『是。大陸の出身だ。だがここに来る道中酷い怪我を負わされ、力も少々封じられているためコレか小動物くらいの実態しか保てん』
「へぇ」
『我は“主”を必要とする妖怪なのでな。そもそも決まった姿がない』


まだ一人として相応しき者がいたことはないがな。そう締めくくり彼は黙った。


その頃の本家で影華がいないことに気づき半狂乱で探し回る妖怪たちと、報告を受けて心配しつつも苦笑する父と祖父がいたことを彼女は知らない。

(13/26)

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