約束した夜
離れから聞こえてきた娘の悲鳴に縁側で月見酒をしていた鯉伴は走り出した。
進むにつれて濃くなる妖気に霊気が混じっていることに気付く。
「影華っ!!」
「いやっいやっ!死んじゃだめぇっ」
髪を振り乱し、ぼろぼろと大粒の涙を流す娘に鯉伴は言葉を失った。
布団の上に長い紫黒の髪が散らばり、小さな体はガタガタと震えていた。赤子のころから莫大なほどにある妖気は暴走しているのか、今や視認できるほどで部屋の中が滅茶苦茶に破壊されていた。
「二代目…」
おそらく自分と同じように悲鳴を聞いて駆け付けたのだろう下僕たちは、心配そうに娘を見ながらも強すぎる妖気に顔を青ざめさせていた。
「心配すんな。お前ら離れてろ。吹き飛ばされるぞ」
「はい…」
限界だったのだろう。彼らは渋々といった様子で少し離れた。
譫言のように“いや”、“死なないで”を繰り返す幼い娘に、鯉伴はゆっくりと近づく。
「影華」
頭からさっき見た夢が忘れられなくて、ただただ泣いていた私を引き戻したのは、私の名前を呼ぶ鯉伴さんの声だった。
「はっ……ひっぐ…お父、さっ?…っく」
一気に現実に戻され、涙で滲む視界で見えたのはちゃんと生きている父の姿。拒絶するかのように妖気が渦巻く中、鯉伴は影華に近づき抱きしめた。
「っ!おとさ、死んじゃっ、だめぇ…!ひっ…死んじゃ、いやぁぁっ」
「大丈夫だ。俺はお前らの父親だ。どうしてお前らを残して死ねる」
「ひっ、く……ほん、と…?」
「当たり前だろ」
ポンポンと背中を叩き、影華を落ち着かせる鯉伴。それに合わせて暴走していた妖気もだんだんと落ち着いていき、最終的には収まった。
包み込まれ、彼の人がちゃんとそこにいることに安心した私は、泣き疲れてその腕の中で寝てしまった。
前世も今もヒトリだと思っていた。でもちゃんとそばにいてくれる人たちがいて、私は独りじゃなかった。
(12/26)