第一章 平穏からの脱却



それは突然のことだった。先日のダドリーの誕生日も恙無く(つつがな)終り、レイチェルも小さなものではあったがプレゼントを渡した。動物園での騒動も起こることはなく、蛇と話しただけで終わった。
それをエクリプスが奇妙な目で見ていたのは印象深い。

スメルティングズの制服を着て行進して見せたのがついこの間のことだ。その様子を見ていたレイチェルとエクリプスは呆れと笑いをこらえるので腹筋が崩壊するかと思ったとのちに二人は語る。

その日レイチェルはいつも通り朝食の準備を終え、バーノンおじさんとダドリーが居間に入ってきた。おじさんは席に着くと朝刊を広げ、ダドリーは片時も手放さないスメルティングズ校の杖で食卓をバンとたたいた。
その時、郵便受けが開き、郵便が玄関マットの上に落ちる音がした。


「ダドリーや。郵便を取っておいで」と新聞の陰からバーノンおじさんの声。
「ギルバート」
「あー、はいはい」


さも仕方がないなと言わんばかりにレイチェルは立上った。その行動はいつもと変わらない。
しかし、彼女の膝にいたエクリプスは彼女がいつもより上機嫌であることに気づいた。訝りながらも、彼はついて行った。マットの上に三通落ちている。
ワイト島でバケーションを過ごしているバーノンおじさんの妹、マージからの絵葉書。請求書らしい茶封筒。それに……レイチェル宛の手紙。

レイチェルは手紙を拾い上げてまじまじと見つめた。これまでの人生で、レイチェルに手紙をくれた人はただの一人もいない。くれるはずの人もいない。というより、送れるような人たちではないことをレイチェルは知っていた。
その他には友達も親戚もいない…。図書館に登録もしていないので、「すぐに返本せよ」などという無礼な手紙でさえもらったことはない。それなのに手紙が来た。正真正銘レイチェル宛だ。


サレー州   リトル・ウィンジング
プリベット通り4番地  一番小さい寝室
レイチェル・ギルバート・ポッター様


なにやら分厚い、重い、黄色みがかった羊皮紙の封筒に入っている。宛名はエメラルド色のインクで書かれていて、切手は貼られていない。口元が知らずゆるむ。


「エクリプス。これ、なーんだ」


にたりと笑う少女に彼は目を向けた。エクリプスには懐かしい、思い出深いそれ。
封筒の裏には、紋章入りの紫色の蝋で封印がしてあった。真ん中に大きく“H”と書かれ、そのまわりをライオン、鷲、アナグマ、ヘビが取り囲んでいる。


『それは……』
「ギルバート、早くしろ!飯が冷めてしまうぞ」


キッチンからバーノンおじさんの怒鳴り声がする。


「あいよー。……残念。時間切れだ」


レイチェルは黒猫を抱き上げると、居間へと向かう。黒猫はしばし考えに沈んでいるようだ。



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