第一章 平穏からの脱却 着替え終わったレイチェルは、彼を抱き上げると一階へと下りる。ダーズリー家での一日は、キッチンでの朝食作りから始まる。 朝が苦手であるペチュニア叔母さんのためにやったのが始まりだ。その手際は十歳の少女にはし少々似つかわしくない熟練者の手際だ。エクリプスはいつものようにちらりとそれを見て、レイチェルの肩に飛び乗った。 『そろそろか』 「うん。そろそろだ」 口元をゆるめて彼女は笑う。それは言の葉遊びのよう。 『俺様もそれなりのことをやってきたが、お前は時として俺様を上回る役者ぶりを見せるな』 呆れたような口調は、いつものこと。レイチェルはさらに笑みを深めた。 「夢にあいつが出てきてね、なんていったと思う?」 少女は楽しげに、嘲りを込めて言葉を弾ませる。 「私の“レプリカ”をトリップさせたんだって」 猫は困惑したように眉根を寄せた。“ハリー・ポッター”に成り代わった少女はこの世にただ一人、目の前にいるレイチェル・ギルバート・ポッターだけ。 そのレプリカとは。 かつての帝王は意味のなさない言葉を紡ぐ少女を睨み付けた。しかし、少女は微笑(わら)うだけ。 「壊しすぎた代償さ」 前世の記憶を持ったまま転生し、かの有名な児童文学書の主人公の立場になったことが面倒臭すぎて。 そう言って昔赤子だった少女は、殺しに来た帝王を東洋の魔術―――陰陽術というらしい―――で猫の姿に変えた。 「私は表舞台に立てない」 今はまだ―――。 ← |