目が覚めたら、そこは 見慣れた白い天井だった。
適度に散らかった部屋。妙な居心地の良さ。
…自分の部屋だ。
ベッドの中で暫く、昨日のことを思い返していた。
昨日、千石に もういい、って言われてから、あれからプッツリと記憶が飛んでいる。思い出そうとしても、そこから先は真っ暗な、無だ。何も 無い。
それから私の部屋に入ってきたお母さんに聞くと、酷い熱であれから早退して 家でずっと眠っていたらしい。
そのまま一日中寝込んで、今日はもう日曜日。あんなこと言われたのに、ぐうすか寝ていた自分に喝を入れたい。

もう、いいよ。

ああ、今でも彼のあの声が 鮮やかに蘇る。
耳の奥で、今でも。
瞳を閉じれば、まぶたの裏であの彼の悲しそうな表情が、今でも。
恐ろしい程に、すぐそこに浮かぶ。何よりにも鮮やかに、かえってくる。困る。消そうとしても、どうしても消えない。
そして思い出す度に 酷く、驚いた。
いつもは ちゃらついて、へらへらしていたのに。
だけど、確実にあの時の千石は違った。
寂しそうに、悲しそうなそれで。あんな表情、見たことがない。あんな千石を私は知らない。
私が、させたのか。
そう天井を見ながら思えば、胸がかっと熱くなってきた。
ただただ、千石だけが浮かんでくる。どうしよう、これは。抑えたいけれど、抑える術すら分からない。
会いたいけれど、どうすればいいのだろう。毎日当たり前に会えていた学校という環境の素晴らしさに今更ながら気付く。同時に何故こういう時に限って、今日が休日なのだと恨んだ。

そんな時だ。
カチャリ、と家の門が開く音がした。
誰だ、と何気なく二階の私の部屋の窓から覗いたら、見慣れた オレンジ頭。
あいつなんか、無視してやる。そう思っていた頃が 懐かしい。
衝動だった。止められなかった。気が付けば、窓を開けては身を乗り出して 叫んでいた。


「千石!!」

私の大声のそれに、千石は一瞬体をびくつかせては、恐る恐る見上げて、「幸、チャン」と呟いてみせた。
いつもの、あのへらへら笑顔では ない。彼はぎこちなく、笑ってみせた。
無理をしている笑顔だ。だけども私が見たいのは、そんなんじゃない。


「…ごめん、俺のせいで あの時倒れた?」
「え」

まさかの彼の言葉に、思わず抜けた返事をしてしまう。
そんなこと、思ってもみなかった。違うし。混乱する私に、千石はただひたすらに続ける。


「熱ある幸チャンに、俺が一方的に話したから、」
「は、何言って」
「…幸チャンが迷惑がると思ったけれど、来て、ごめん」

俯きながら、ポツリポツリ、と呟く千石。
こんな弱気な彼を、私は見たことがなかった。
だってあいつはいつだって強気で明るくて自信満々で。彼は、圧倒的な光みたいな存在だったのだ。
だけど、どうして私が今見ている千石は、こんなに小さくて弱いんだろう。
それでも、良いと思った私は やっぱりまだ熱があるのかもしれない。


「どうしても、幸チャンの顔、見たくって」

ああ、そうだ。
ただ、どうしても 彼の顔を 見たかった。
瞳を閉じれば思い浮かぶ 彼の顔。どうしても、離れなかったんだ。彼の声も表情も、どうしても消えなくって。
離れよう、消そう、拒否すればするほどに それはどんどんと濃く色づいてゆき。
無駄な意地は、もうよそう。
去ろうとする千石を、思わず呼び止めた。もう、衝動だった。止められない。


「待ってよ、千石!」

驚いて私を見る彼。
私も驚いた。だけども、止められなかった。


「人の、話。聞けよばか」
「…山田チャン?」

ああ、なんて言ったら 良いんだろう。
ただただ、胸が瞳が 色々な所が熱くて、上手く言えない。


「…私だって、分からないんだよ」

そう。全く分からない。
全てが初めてだった。
今までは、一人きりでもずっと 大丈夫だった。
だけども、あの日。


「う、わあああ!」

そうだ。あの日、彼と初めて出会ってから。
始めは、千石が木から 落ちてきたんだっけか。
彼と出会ってから、全てが変わったんだ。
言えないけれど、最初彼が落ちてきた時は 天使が落ちてきたかと思った。


「別に俺は 好きな奴と話すよ」

嬉しかった。
だけど、どうしたら良いか 分からなかった。
それでも、確かに彼にそう言われた瞬間、世界が変わった。
目の前に何か眩しい閃光が飛び散り、眩しい世界へと姿が変わる。
あの日の言葉が、どうしても離れようとはしなかったから。


「分からないのよ…千石と居ると、苦しくて、でも 離れるのは嫌で」

一緒に居ると、苦しかった。
だから離れようとしたけれど、それはもっと苦しくって。どうしろっていうんだ。
消そうとすればするほどに、鮮やかに彼の面影は私の中でどんどんと濃くなっていき。

「だけど、私と居ると 千石まで不幸にな」
「そんなの、」

そんなの、俺が決めることだ。
千石は私を真っ直ぐに見つめて、答える。ああ、なんて綺麗な瞳だろう。
あの日と同じように、胸が高鳴るのを 感じる。


「俺は、幸チャンと一緒に居られない方が、辛い」


ばかじゃないの。そう呟いてみたら、窓から身を乗り出しすぎて バランスを崩す。
え。そう思っていたら、ふわり と浮く体。
ああ、身を乗り出しすぎて 二階の窓から落ちたんだ と理解するまでには、あまり時間はかからなかった。
なんて馬鹿でついていないんだろう。
ドスッ、鈍い音を発てて地面に落ちるも、痛くない。
代わりに、温かい感触。ああ、この感触を私は知っていて、ずっと触れたかった。


「…千石」

千石は私を受け止めながら、ははと笑ってみせて、「幸チャン、相変わらずだねー」と言った。
それが何となく悔しくって、馬鹿、ともう一度言ってから 奴の胸を叩いてみた。

「私、いつも ついてなかったんだけど」

ああ、言葉が 自然と出てくる。
胸が熱い。頭も、ぼうっとする。
だけど、今 私の胸の内を 全て伝えたかった。
そうすれば、ほら。

「俺は幸チャンと話せて、寧ろラッキーだと思ってるよ」

あの日と、同じように。


「あんたと出会えたことが、私の今世紀最大のラッキーだから」

そうすればほら、千石は笑う。あの日と同じに。

その笑顔だけ見られたなら、いい。そう思える私は、まだ熱があるのかもしれない。




ラッキーな日曜日
「じゃあ、二人で居ればずっとラッキーだよ 幸チャン」
そう言って笑う千石に、はめられた感じもして悔しかったけれど、どうしようもなく愛しく感じられたので、ただただ私は差し出されたその右手を握り返すのみでした。
今日は何だか珍しくついているかもしれない。



***

これで一応終わりです!
千石連載でした!*
需要ないと思っていたけれど、沢山の方から応援のお言葉をいただけて、なんともラッキーな連載だったなあと思います。
ありがとうございました!
ここまで読んでくださった方々に、沢山の愛をこめて。

2010.8.24
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