「幸チャーン!」

ああ、今日も あの明るい声が私の名前を呼ぶのが聞こえる。
次の日、千石は風邪も随分良くなったのか 相変わらずの調子で登校していた。
だけど、私からしては気分が悪い。
千石のオレンジ頭も、人の良さそうな笑顔も、私を呼ぶ 明るいその声も、今はもう全て 気分が悪い。嫌だ。

「……」

私がスルリと千石を無視すると、彼は「あっれ、幸チャン?」と不思議そうに言い。

「あんたのせいで、キヨが不幸に」

昨日、女子達に言われた言葉が 焼きついては離れない。
自分があんな人達の言葉を鵜呑みにするほど、馬鹿だったとは。
だけども、千石の顔を見るたびに 脳裏にちらつくのだ。
これはもう、どうしようもない。


「幸チャン、昨日 お見舞い来て欲しかったのになあー俺」

ああ、行ったよ。
行ったけども、あんたの取り巻きの女子達に言われて 泣きながら帰ったっつーの。

言えない言葉を、喉の奥で飲み込んだ。
飲み込んだそれは、重い何かに変わり 私の心の奥で黒く渦巻く。ぐるぐる、嫌な それだ。
我ながら、お見舞いに自宅までのこのこ出向かうだなんて馬鹿みたいだ。
行かなくて、正解だったのかもしれない。そうだ、あれで良かったのだ。必死に、無理やり自分を思わせた。
あそこでのこのこと千石の家まで行って、馬鹿みたいじゃないか。
まだ、間に合うはずだ。
今まで 一人でも私は耐えられた。
だから、千石を突き放し 今まで通り一人で。大丈夫な筈だ。まだ、間に合う。


「…幸チャンを、待ってたんだけどな、俺」


思わず、振り返ってしまった。
まだ、間に合う。その思考も、千石のこのたった一言でもみ消される
すると、千石は「やっと目、合ったね」と。
くそ、また千石に負けた気がする。だけども、今日は 引かない。ほぼ意地だ。
思い切って千石を振り切ると、いきなり手首を掴まれた。
普段の千石の、あのちゃらんぽらんな雰囲気は一切感じ取られない。思わず、鳥肌がたってしまった。

「何で幸チャン、俺のこと 避けるのかな」
「…うっさい、あんたが嫌いだからだって、ば」
「もう一度、それ 俺の目見て言ってよ」

そんなの。
千石の目を見たら、それはあまりにも真っ直ぐだった。
真っ直ぐに私を見据える。その中に全てを預けてしまえたら。そうならば、どれほど楽かと思った。

「キヨは あんたと一緒に居たら不幸になる」


だけど、どうしても 昨日の言葉が脳裏にちらつく。
千石の顔を見れば見るほどに、どうしても 思い返してしまう。


「…あんた なんて、嫌い」

私がそう言うと、千石は 握っていた私の手首から、力を抜いた。
急に自由がきくようになった右手に、違和感を覚える。
千石の表情を見ると、今までに見たことのない、あまりにも寂しそうなそれだった。
何かに、ズガンと重いもので殴られた気がする。
頭が、重い。
ガンガンと痛い。
体が、何か熱い気がする。


「じゃあ、もう いいよ」

千石はスルリと、私から離れて 行く。
千石、と呼び止めたいも 私の口はカラカラに渇いては、声が出ない。
彼の背中に飛びつきたいも、私の足も腕も 全く動こうとはしない。
もう いい。そう告げられた時、恐ろしい程に血の気がひいていくのが分かった。そして分かったのだ。ああ、怖いのだ。
何より、千石が離れていくのが、私は 怖いんだ。気がついてからは更に、どうしようもなく怖くなった。


「今まで 付きまとってて、ごめんね」


その言葉を聞いたのと、私が倒れたのは 同時だった。フラリ、急に身体に力が入らなくなり、気がつけば冷たい床が近づく。
意識はだんだんに薄れてゆく。
何だろう、そう思ったも 思考回路は虚しく絶たれる。
ただひたすらに、体が熱かった。

「幸チャン!」

千石が私の名前を呼ぶのが聞こえる。
だけども、それも現実のことなのか 夢のことなのか、さっぱり区別がつかない。

千石が腕を伸ばすも、それは私まで届かず 私はズガン、と派手な音を発てて 頭を打って倒れた。頭が床に打ち付けられ、弾む。あれ、頭って弾むのね。朦朧とする意識の中、そう馬鹿なことを考えていた。
頭が、痛い。しかも皆が見ている。恥ずかしい。
こんな時にまでついていないって、どうかしている。
信じてもいない神様を、今だけ恨んで、そして私の意識はプツリと絶えた。


意地悪な土曜日
(最後に千石が私を抱きとめるのを見た気が、した)
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