翌日、千石は 学校を欠席した。

やはりあの土砂降りにうたれて、風邪をひいたらしい。
昨日、彼は倒れてから早退したけれども、やはり休まなくてはいけないほど症状は重いそれだったらしく。
最近は朝からずっとしつこく付きまとわれていたが、それが急に居なくなると、どうも少しだけ心にポッカリと穴が空いたみたいだ。そこから風がぴゅうぴゅうと吹きぬけている気がした。

「……」

一日中、何故か頭から離れなかった。
いや、だって一応私のせいでもあるから 罪悪感として。
ああ、今頃 どうしてるのかな。もう熱は、下がったのかな。
明日は、来るのだろうか。
本当に幾度も私の頭をぐるぐると離れないそれであったから、いつでもどこでも何をしていても、一向に離れなかった。
無理やりに消そうとするけれども、消そうとすればするほどに 離れなくなってゆく。
そんな自分に 苛立ちを隠せなかった。そのイライラはどうしようもなくって、一日中窓の外を睨んでは指で最近聴いていた曲のリズムを刻んでいた。タンタンタタタン、そのメロディでさえも 鬱陶しく思えた。

そして。
今、私は千石の家の前まで来ている。
インターフォンを押すか押すまいか、固まっているわけで。かれこれ迷って、10分程経過したかもしれない。だけども、胸打つ鼓動があまりに五月蝿く、時間感覚もほぼ無二等しかった。

「…どうしよう」

否、ここまで来て どうしようも何もないだろう。
だけども、ここに来て 私は何をしようと言うのだろうか。
欠席した千石用に ノートを書いてきたけれども、そんなの ただの口実だ。
本当は、ただ。
その続きを考えただけで、あんまり恥ずかしくって自分の頭をむしゃくしゃと掻き乱してやった。ああ、らしくもない。確実に私は変わってしまった。
こんなの、恥ずかしい。自分の浅ましさに 気だるい何かが胸から込み上げてきた。

そうやって ただただ玄関で立ち尽くしていると、
「幸 さん」

名前を、呼ばれた。
だけども、それは 私の待っていた千石の、あの心を明るくさせるそれではなかった。
どちらかというと、私に対して 嫌悪を抱いている どこか刺々しいそれだ。

「…あ」

声のする方を見ると、クラスメイトの女子数名が 立っていた。
名前はいまいち覚えていないが、顔は覚えている。
そのクラスメイトの女子達は、千石の家の玄関前で立ち尽くす私を、怪訝そうな顔つきで見ていた。腕を組み、どことなく上から私を見ているようなその振る舞いに、何だか偉そうで顔をしかめた。


「何、やってんの」
「え」

そう聞かれて、思わず固まった。
答えられない。
だって、千石のことが気になって思わずここに来てしまったけれども、意気地なしの私は ただただ家の前で立ち尽くすのみであった。答えられるわけが、ない。自分の内で考えるのさえ、億劫だというのに、それを口に出して答えることなど。
私は、今 何をしている?


「最近、山田さんさあ、キヨに付きまとってるみたいだけど」
「は」

私が千石に付きまとっている?
その言葉を聞いてから、自分の中で理解するのには結構時間を用いた。
いやいや、どう見ても 付きまとわれているのは私の方だろう。
だけども傍から見たら 私が千石に付きまとっているように見えているのかもしれない。そう考えるだけで、ぞっとした。
思わず再び固まる私を、ちっとも気にしない様子で女子達は続けた。自分勝手な人達である。

「キヨは優しいから山田さんを構ってるみたいだけど、調子乗んなよ」


背筋に、何か 冷たいものが迸る。一気に、頭から血の気が引いた。
ズガン、と何か重たいもので頭を思い切り殴られたような気がする。
あ、何だろう この衝撃。思考が、色々追いついてくれない。考えることは沢山あって、だけども私のこのちっぽけな頭では処理出来ない。
私に構わず 女子達は続ける。
待って、待って。
頭はついていかず、ただただ痛む。


「キヨは優しいから」
「ただ、外れている人がほっておけないだけ」
「誰にでも同じことをする」

様々な言葉が浴びせられていく中、私はただただ呆然と立ち尽くすのみだった。
ああ、頭が 痛い。頭を押さえるも、それは治ってくれはしなかった。
耳鳴りがする。女子達の言葉が遠く遠くに聞こえる。
意識がはっきりしないのだけど、耳は確実にその女子達の言葉 一つ一つをしっかりと聞き取っては 脳に伝えてゆく。
そしてその言葉 一つ一つは、私を容赦なく傷つけていくのだ。
ああ、やめて。


「大体、キヨが風邪ひいたの 山田さんのせいでしょ?」
「山田さんのせいで、キヨはどんどん不幸になる」


お願いだから、やめて。

頭が、酷く痛んだ。
だけど これは現実の痛みなのか、ただ心の痛みとか思い込みではないのか、よく区別がつかなくなってゆく。(もう、どうでもいい)

私の、せいで。
そんなこと、知っていた。とうの昔から、知っていたことだ。
そうだ。私に構うから、皆 不幸になっていって。
だから皆 どんどん離れていったんだ。
だけど。

「別に俺は 好きな奴と話すよ」

そう。
あの言葉を 聞いてから。私は確実に変わってしまった。
皆が、どれほど離れていこうとしても、彼だけは 離れようとはしなかった。彼だけは、めげずに私の傍に居てくれたのだ。
どんな不幸にぶつかろうが、彼だけは 離れていかなかったの。
だけど。


「幸さんのせいで、キヨは」


「やめて、」


思わず、叫んだ。否、叫んだつもりだったのだが、私の口から発せられたそれは、驚くほどに弱い、あまりに小さな声だった。震えて、なんて頼りない。どうして私はこんなに弱いのだろう。
それでも今まで一言も発さなかった私がいきなり言葉を発したことに、女子達は少々びくついた。
だけども 自分達が多数いるから、全くもって怖気づいたりはしない。
私は、ただ はっきりしない意識の中、言葉を漏らす。それも、相変わらず弱弱しく、またどうしようもなく小さくて、みじめだった。


「もう、いいから」

そう言い残し、思わず千石の家に背中を向けて駆けていった。

何が、もう いいから、なのかは 自分でもよく分からない。
だけど、ただただ逃げ出したくなって その場から急いで走って去った。
はやく、はやく。
何も、聞こえないところへ。
女子達の声も 千石の面影も、何も 聞こえない見えない場所へ。

だけど、どんなに走っても どんな遠くへ行っても、あの女子達の言葉も、千石の面影も 言葉も、一向に消えはしなかった。私の中で、ぎらぎらと嫌な色を放っては確実に残っている。


「…何なのよ」

何で何もしていない私が、こんな責められなくちゃならないんだ。
私はただ、普通に生きているだけなのに。
それなのに、どうして。


「いだっ」

走っていたら、何故か道に小石が落ちていて、躓いて転んだ。
何でこんな時にまで、ついていないんだ。


「…痛い」

私はただ、普通に生きているだけだ。
なのに、どうしてこんなについてないし 人には責められるんだ。
どうして、好きなだけなのに 責められて不幸にしてしまうんだ。
どうして。


「いた い…」

そんなに痛くもなかったんだけど、思わず 涙が出た。
これは、何の 涙?
よく分からないけれど、とりあえず思い切り声をあげて 泣いた。
すると、ポツリ、ポツリ、と雨が降ってきた。
今日は傘を持っていない。
こんな時にまで、本当についてなくて 余計泣けてきた。
千石用につくった今日の授業のノートは、思い切り破いて 雨の中に捨てることにした。


ただ雨の降る金曜日
(傘を差し出してくれる彼は、いない)
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