ああ、どうかしている。何度も何度も、そう繰り返した。
だけども、やっぱり頭からはどうしても離れようとはしなかった。消そうとすればするほどに、それは色濃く私の中に残る。

「……」

教室に入ろうとすると、あの声がした。
「おっはよー幸チャーン」
明るく、誰にでも好かれそうな人の良さそうなその声。それが聞こえた瞬間、頬が緩んだのは、また気付かなかったことにする。最近そうやって隠してきていることが多い気がする。
もしもその声に色をつけるとするならば、きっとこれはオレンジだ。
優しい明るい暖色系。
そうだ。近頃この温かなオレンジが、私の中で離れようとしてくれない。

「……」

ああ、どうかしている。
瞳を瞑っても、その瞼の裏には微かにその、オレンジが光をたえていた。
私は無理やりにでもその光を消したくって、千石を無視したりして離れようとした。
だけど。

「……」

離れようとすればする程に。
くもらせば、くもらす程に。
それは確実に私の中で大きく、鮮やかにより確かなものと化していき、侵食していく。
今では確かにあるのだ。大きな存在として。
どうして。
あの日から確実に何かが私の中で変わってしまったんだ。
どうして。
そんな理由、最初から知っているはずなのに。私は気がつかないフリをし続け、どうして。そう向き合って考えもしないくせに、幾度もその質問を投げ続けるのだ。
どうして認めたくないんだろうか。そう考えたら、急に怖くなった。

だけど、確かなものは沢山ある。
千石の声を聞いただけで、高鳴るこの鼓動は。
心臓を揺らすのも、確かに彼だけだということ。
ああ、どうかしている。
昨日の土砂降りにうたれて、風邪でもひいたのかもしれない。願わくば、早く早く治れ。
どうか、早く治ってほしい、と。

「…千石?」

思わず、彼の名前を 呼んでしまった。
絶対に口きいてやるか、と思っていたけども。
だけども、どうしてもきかざるを得なかった。
私の目の前にいる千石は 今日はいつもと違う。
何だか、ぼうっとしていて 覇気がない、というか 何というか。
いつもは明るくて元気いっぱい、みたいな見ていてうざったくなるそれなのだが、今日は違って 元気がない。ぼんやり。そんな表現が正しいような表情だ。

「ん?な、に どしたのー?幸チャンが話しかけてくれるなんてー俺ってラッキー」
「い、いや…」

そう千石がニヤニヤしながら聞いてくるから 思わず避ける。
だけども、そういう千石の顔は やはり いつもとは違う。
何だろう、何ていうか いつもと違う。


「…千石、顔、赤い よ?」


そう言ったのと同時だ。

「危ない!」

私がよく聞く言葉。
大体こういった言葉を聞いてから気付くのでは、大抵遅いのだ。
そう聞いてから 私は声のする方を 向いた。
案の定、そこから 何故か掃除用のほうきが飛んできた。
ああ、何でこうも私ってついてないんだ。


「幸チャン!」


目を瞑っても、一向に痛みはこない。
恐る恐る目を開けると、千石が私をほうきから庇ってくれていて。
ああ、だから こんなことするから私の胸は、高鳴ってやまないんだ。
どうして。
理由なんて、最初から 知っている。
これが、何よりも証拠だ。


「悪い、ほうきで野球やってたら飛んじまってよー」
「…ほうきで野球すんなばか!」
「お、おい キヨ、大丈夫か?」
「せ、んごく?」

私を庇ってくれていた千石に目をやると、彼は珍しく弱弱しい笑顔だった。
あ れ?
こんな千石を、私は 知らない。だって、私の知っている千石は、いつだって明るくて笑顔で、眩しかったんだ。それなのに今、私の目の前にいる千石は弱弱しく、酷く辛そうだった。

「幸チャン、だいじょう ぶだった?」
「私は、平気だけど、千石、」
「ラッキー…」

そう言ってから、千石はふうっと私に寄っかかり、倒れてしまい。
「千石?!」
慌ててそう呼ぶも、彼は 倒れているみたいだった。
顔を触ると、とても 熱い。呼吸も荒く、本当に辛そうな表情だ。こんな表情の彼を見たことがないから、驚いて千石に触れている肩が震える。こんなの、知らない。
どうやら、昨日の土砂降りで熱を出しているみたいだ。

「…千石」

何で、熱をだしている時にまで 私の心配するのだろう。
何で、私のこと いつも庇って自分が傷ついているんだ。考えれば考えるほどに、馬鹿じゃないの、と言葉が漏れるばかりだった。

それから、保健室に千石を運ぼうとする時も 千石は決して私の手を握っては 離そうとはしなかった。

ああ、どうかしている。
こんな奴。そう考えたら、止まらなかった。そうだ、今まで私は見ないフリをしていた。瞳を固く瞑り、
嫌いだと 思っていたのに。
鬱陶しかったのに。
軽いし、チャラいし、うざいし、付きまとってきて 嫌だったのに。
なのに、どうして 今は。その続きを思うと、目の前が少し 明るく見えた。


「…幸チャン」
「せ、んごく 大丈夫、なの」
「俺を誰だと思ってんの。ラッキー千石だよー?」
「…熱、高いくせに、何言ってんの バカ」
「ははっ…でも」
「な に」
声が、震える。彼の言葉の続きが、少しだけ分かったからかもしれない。

「幸チャンに怪我がなくって、ラッキーだったよ」


今は違う。
千石はそう言って笑って、再び瞳を閉じた。辛そうな表情が、少しだけ和らぐ。
どうして、こんな自分は熱だしてるくせに私のことばっかり。そう考えたら、やっぱり耐えられずに、顔が熱くなって、思わず口元を押さえた。
こんなの、ずるい。もう一度、瞳を閉じて眠る千石を睨んだ。
ああ、離れない。どうしても、消そうとしても消えずにそこに色濃く残って居る。
確かなものは、ここにある。
私の中に、答えは あったのだ。

…出来るならば、気付きたくなんか なかったのだけど。
だけど、この繋がれている手が たまらなく愛しくなってしまったので、気付かせざるを得なかった。
途方もない、この胸いっぱいの愛しさは きっと、きっと一番に物語っているであろう。
こんな どうしようもない奴なのに。そう考えると、本当にきりがない。嫌なところも、沢山、それはもう沢山知っている。
だけども、この胸いっぱいに広がる感情が、高鳴る鼓動が、火照る頬が、何よりの証拠だ。
ああ、風邪なんかじゃない。
こんなの、一向に治らない 病気だ。(はやく、治ってほしい!)何だか、ものすごく思うのだ。私の 負けだ、と。

ああ、本当に どうかしている。



恋に落ちる木曜日
(認めたくない、知りたくなんか なかったのに)
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