「山田チャーン」

ぞわり。
きっと、今回も言葉に表すならこうだ。
その声を聞いた時に、悪寒が確かに走ったのだ。後ろから聞こえる声に、背中からぞわり、と。迸るそれは、決して良好的なそれではない。
昨日までは苗字にさん付け呼びだったというのに、何故か今日は 幸チャン、と名前呼びだ。何故。それに余計苛立ちが増す。イライラ。それは確実に段々と私の身体を侵食していく。何だか、名前で呼ばれる度に ぎこちなくて、ぞわぞわと胸がうごめいた。

振り返ったら、負けだ。
そう思い、無視して前に進み続けた。
すると、「えー幸チャン、傷つくなあー」とか言って追いかけてくる。何だ、これ怖い。

無視し続けて、教室に入るも 千石も私の後を追って入ってくる。
そうだ、こいつもそういえば私と同じクラスだった。忘れてた。

「幸チャーン、つれないなあー」

どんなに話しかけても無視し続ける私に、千石は溜息をついて 諦めたのか自分の席に戻り、つく。
少しチラリと千石を見ると、彼の周りには大勢の女子やら男子やらが群がってた。
軽いけれど、あいつは人気者なのだ。私とは全くもって正反対である。


「キヨ〜、どうしたの?アレ」
「やあやあ、おはよう今日も可愛いねえーえ?何がどうしたのって?」

千石は、詰め寄る女子 一人一人に、可愛いねえ、だの ラッキーだの、軽い言葉を添え。
本当に軽いやつ。だけども、彼には大勢の人が集まっていて。すごいなあ、と素直に思う。言うのが何度目になるか分からないが、私とは全くもって正反対だ。対極の存在であることを、深く思い知らされる。
一斉に詰め寄る人たちに、どうしたの?ととぼけて聞く千石。キョトンと瞳を丸くさせた仕草に、少し可愛いと思ってしまった考えを 慌てて脳内からかき消した。


「どうしたのって、あれよあれ!ねえ?!」
「そうだよー、どうして山田幸なんか追いかけてたの」

げ、私のことか。
確かに、この不幸体質で有名で、友達も居ない私を、全く反対の 幸運体質で、皆の人気者の千石がつるむのは勿論、追いかけたりなんかしたら 皆謎に思うだろう。
ああ、だから私と居ると 余計なことがないんだってば。千石を睨んでみるも、そういう時に限って奴は気付かない。

千石とその集団に目をやるのをやめて、目を瞑って 机に突っ伏した。
ああ、だからやめた方が良かったのよ。
私となんか話すから、周りから色々言われるんだ。
だから、私となんか話さなければ。


「ああ、俺のラッキーパワーで、幸チャンを助けようキャンペーン、昨日から実施中なんだー」

はあ?
そうにこにこと笑いながら言う、千石。
何言ってんのよ、と 思い切り睨んで ブチ切れてやりたかったけれども、慌てて自制心を唱える。
待て待て。ここで奴に絡んだら 負けだ。
ここは、無視に限る。
自分で自分を落ち着かせて、ただただその千石達の会話に耳を傾けた。


「キヨ〜、あんな人に絡んでたら、キヨまで不幸になっちゃうよー?」


そうだ、いつだって。
私と話したら、関わったら、皆が不幸になる。
だから、いっそのこと 誰も話さなければ。
そうなの、そうやって 皆、皆私から離れていって。
だから、私はいつだって一人で。
別にそれでも、いいと思ってた。
そういうものだと、思うから。
一人でも、いい。そうだ、それはもう呪文のように自分に唱えてきたものだった。やがて、それは呪縛となり 私を縛り付けては、穏やかに眠る。



「別に俺は、好きなやつと話すよ」


一人でも、いい。
そう、思っていたはずなのに、その呪縛は光と共に散っていった。チリチリ、と焼け焦げて、消える。
思わず、千石の方を見てしまった。
見たら、負け。そう思っていたのに、理性はほぼ無に等しかった。もはや、衝動だ。視線を、奪われてやまない。
すると、千石は私の方を見て、ニコリと微笑んだ。


「俺は、幸チャンと話して 少しも不幸になんか ならなかったし」
「でも、キヨ、」


ああ、一人でも、大丈夫。
そう思っていた、はずなのに。どうして。
今では、酷くあの暗闇が怖くて仕方が無い。



「寧ろ、楽しいし、ラッキーだって思えるよ」



どうして。
目の前が、明るく 滲んだ気がした。
世界は、奴のオレンジの頭みたいな、暖色をたたえていた。
彼を見ると、何だか嬉しそうにピースサインを見せている。それを見たら、やっぱり胸が 熱くなった。
一人でも、平気。大丈夫。
そう思っていた私は自分は、一体何処に消えてしまったのだろう。

「…千石、」

思わず、彼の名前を 呼んだ。
すると、千石は顔をパッ、と輝かせて、

「幸チャーン!やっと、その気になったー?」


反射的に、体が 動いた。くるり、振り返り 千石から離れる。
追いかけてくる千石。
それから私は猛ダッシュで逃げた。(いや、だって 追いかけてくるから)
いやいや、危ない。つい、彼の言葉に雰囲気に、流されてしまうところだった。

「待ってよー何で逃げるんだよー」
「うるさい、追いかけるなばか!」


何で、何で。
一体、どうしちゃったの 私。
火照る頬と高鳴る鼓動は 走っているからだ、と勝手に理由付けた。
だけども、頬を抑えながら戸惑いを隠せずに走る私は、どこからどう見ても 今までの私とは遥かに違う。こんなの、知らない。
理性を無理やりにでも保っておかなくてはならない。無理やりにでも、思いこまなくては。
ありえない。そう思った。

「俺は寧ろラッキーだと思ってるよ」

嬉しかった。
だけどそんなこと言ったら思ったら、とうとうどうにかなってしまいそうだったので、気付かないフリをした。


全力疾走の火曜日
(まさか、まさか、ね)
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