「いてっ」


ずべっ
多分漫画ならば、こういった効果音が付けられていたであろう。
とにかく、私は転んだ。
何も落ちていない、地面にだ。躓くような小石も何もない、それはそれは至って普通の平面すぎる地面だった。
それだけではない。あろうことか、先日は雨で、その地面は泥でぐしょぐしょだった。
つまり、私は制服を泥だらけにしてしまったというわけで。元々白く、汚れの目立つ制服だったそれは泥で茶色が映えていた。制服の上も、スカートも、泥だらけだ。(ああ、また)

起き上がって、暫くぼうっとしていたら、横を通りかかった同級生が冷やかすかのように言うのが聞こえる。

「山田、またかよー」
「本当ついてないよなー」

同級生たちは、否下手すりゃ上級生や下級生とかまでもが、私を見て笑う。
本当なんだー、とか、でたよ!とか。何やら楽しんでる風な言葉も飛び交う。
まあ、それもそうかもしれない。

私は、かなりの不幸体質なのである。

生まれた時から、何かとついていなかった。
1日に転ぶ数は数知れず。席替えやクラス替えはいつも必ず良くないところになる。修学旅行の前には風邪をひく。好きな人の前でオナラをする。授業で分からない問題に限って答えさせられる。海や川に行けば流され、山に行けば遭難する。

ついていない体験をあげればキリがない。これは本当に生まれてからずっとなのである。
さすがの不幸体質に、周りは面白がるようになってきて、いつのまにか不幸体質の山田幸として有名になっていたようだ。校内で歩けば、「ああ、あの」とかひそひそ声が聞こえる。それはどちらかと言うと、あまり好意的ではないそれだ。
私も私で、そう笑われたりするのにあまり良い気はしないから、ついついひねくれてしまって 気がつけば周りに友人は居なくなっていて。
しかも、この不幸体質に自分も とばっちりを受けたくない、と周りから人は離れるばかりで。
そういうこともあって、私の周りには あまり人が居ない。


「……」

溜息を一つつき、中庭の大きな木の木陰に 寝転んだ。
こんな泥だらけの制服で授業に出ると、また笑われるから 午後の授業はサボることに決めた。次の数学も、どうせ分からない問題に限って答えさせられるのだろう。

寝転び、空を見上げる。
木漏れ日の間から、青い 空が見える。キラキラ、輝くその光に眩しくて目を細めた。
だけど、それに何の感動も覚えることがなくなったのは いつからだろう。
ああ、いつから私はこんなに暗闇の中にいるのだろう。


「……」
「う、わあああ!」
「え」

叫び声が、聞こえた。
無論、私のではない。私の声よりは、低い。けど、私と反対みたいに明るいそれだった。
思わず叫び声が聞こえてきた上を見上げた。
さっきは、ただただ穏やかな木漏れ日に青い空が見えただけのそれだというのに、今は、
今は、目に映える 鮮やかなオレンジ頭が。


「危ない!!」
「ええ!?」

危ない、そう叫ばれても一瞬のことだったから、避けるも何もない。
私はただただ呆然と見上げたまま、上から降ってくるそれにぶつかった。
あろうことか、そいつは私の顔面に着地しやがった。くそ。

あまりにも突然のことで 暫く何が起こったのか、理解出来ずにいた。え、今、何が起こったのだろうか。
全身、特に顔に広がる鈍い痛みの中、必死に自分を落ち着かせて、脳内を整理させる。

木から 男子が降ってきた。
そしてそいつは、木陰で寝転んでいる私に着地して。私はそいつに潰されて。
ああ、なんて ついていない。
しかも、この落ちてきた オレンジ頭のこいつを、私は 知っている。


「ゴメンゴメーン!大丈夫だった?」
「…いた…」
「いやー、木の上でうっかり寝ちゃってさー落ちちゃって」
「…(寝るなよ)」
「おっ、山田サンだっけー?おっ、こんな可愛い子の上に落ちるだなんて 俺ってラッキー!」

ああ、そうだ。
この何とも軽い感じの謝罪。
目に眩しいオレンジ頭。
私の嫌いなタイプの人間である。全くもって。
千石清純だ。
テニス部のレギュラーだとかで、軟派で女の子好きで、派手で、明るく うざい。
ああ、やっぱり私の最も苦手とする部類の人間だ。こいつだって、私の不幸体質を見て笑う奴らなのだろう。


「…千石くん、人にぶつかっておいて 軽すぎるんじゃないの…」
「え?あっ、ごめん 痛かったよねーどこら辺、ぶつかった?」

そう言って、千石は私の頭やらを撫で始めた。彼の温かい、大きな手が私の頭に触れる。私は思わず、「ぎゃ!」だなんて声を出してしまった。
慌てて取り繕うも、千石はキョトンとしてみせて 少しニヤリと満足そうに微笑んだ。


「あっれー?山田サン、もしかして照れた?」
「う、うるさい!あっち行ってよ!」
「可愛いなあー」

千石は相変わらず話を聞かず、べたべた触ってくる。
くそ、こいつ 本当に話を聞いていない。全く聞いていない。


「本当、ついてない…!」
「ついてない?」

首を傾げて聞く千石を睨んでやった。


「あんたみたいな奴に絡まれて、今日はついていないって 言いたいの!!」

そう言ったけども、相変わらず千石は微笑みを浮かべたままだ。
なんだ、こいつ 聞いてないのか。


「あっ、そうかーきみ、ついてないとかで有名な山田サンかあー」
「…なによ、それ」

もう一度睨むと、千石は「あっ、気を悪くしたならごめんねー」とかちっとも申し訳なく思ってなさそうに謝ってみせる。へらへら、そういった表現が一番似合う笑い方だ。私はあまり、好きじゃない。だからまた眉間に皺が寄る。
そして千石は、何だか楽しそうに言った。
だけど、彼が私を見る目が あまりにも真っ直ぐで、私を射るようだったので 思わず私の胸は高鳴る。何だろう、この人は、他とは 違うかもしれない。

思えば、これが始まりなんだけれども。


「俺、ラッキーで有名なんだけどさ」
「…で?」
「俺のラッキーパワーで 山田サンを助けてあげちゃ「うるさい、ばか」……」

何を言い出すと思えば こんなことかよ。
ばか、と一言残し、一目散にその場を駆け抜けた。
ああ、もう ばかばかしい。何かと思えば、そんなこと。真面目に聞こうとした私が馬鹿だった。
けれど、他の人達みたいに 離れていかないのか。そう考えたら、胸の辺りが少しだけ 熱くなった。


「…山田 幸チャン、ねえ…」


あまりに急いで走り去ったから、千石のその呟きは、私の耳には 届かなかった。



始まりは月曜日
(やなやつ!やなやつ!やなやつ!)
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