ギイ、と鈍い金属音を発てて扉を開けば、先程までの景色とは打って変わって 爽快な青い世界が目の前に広がった。
深呼吸すると、胸がいっぱいになる。
授業をさぼって、つかの間の自由を手に入れた時って 何だかいつも、胸がどこかでざわつく。ざわざわ。

ふと、屋上を見渡すと 日陰になっていた場所に寝転がっている一人を見つけた。伸ばされた足は黒いズボンだったから、多分男子だ。

ざわざわ、胸の内の 期待を出来る限り抑えて、近づく。何だろう、どうしてこんなに期待で胸がいっぱいなんだろうか。
ざわざわ。耳元で、風がなびく。


「財、前くん」

彼の名前を呼ぶと、少しだけ 肩が震えた。
財前くんは、振り返り私を見て ipodだかのイヤフォンを取った。気だるそうな表情で、「ああ、みょうじさん」その声で呼ばれただけで、やっぱり胸が 震えた。
ざわざわ。
どうやら私の期待は珍しく当たっていたらしい。財前くんの隣に腰を下ろして、空を見上げてみた。それは悲しくなるほどに高く、青い。
ざわざわ、彼が私を見てから 一向にそれは鳴り止まない。寧ろ、増す。
胸が、くすぐったい。


「…珍しいやん」
「なに が」
「みょうじさんが、サボリなんて」

眩しく、太陽が輝いている。思わずそれに、目を細めた。そういえばもうそろそろお昼だ。

「サボリじゃないよ」
「じゃあ、何なん」
「…青空観察?」

私がそう言うと、財前くんは「ぷ」と吹き出して、「何やねん、それ。はは」
彼が笑ったのを、初めて見た気がする。
というかこんなに近くで会話をしたことなんか初めてだ。クラスが同じっていうだけで、今まで会話の一つもしたことがない。
ただ遠くから彼が部活をしているのとか、音楽を聴いているのとかを見ていただけだ。ああ、いつも思っていたんだ。彼は何の音楽を聴いて、何を思っているのだろう。


「…財前、くん」
「なん や」
「何の音楽、聴いてたの?」

風が、頬を撫ぜた。彼の白いシャツがはためき、それと同時に彼の匂いも鼻に掠めた。少しだけ、甘い。
財前くんはipodを出して、片方のイヤフォンを私に差し出した。どうすればいいか戸惑っていた私に、「ん」と、もう一度イヤフォンを差し出したから、少し照れ臭かったけれども 恐る恐るその方耳イヤフォンを手に取って耳に入れた。
イヤフォンを持つ手が、びっくりするぐらい 震える。


「へえ、洋楽?」
「ん、まあ」

洋楽は、あまり聴かない。だけど片耳のイヤフォンから流れてくるメロディは、嫌いじゃなかった。
彼はこういうものを聴いていたのか。ふと世界が揺れた気がする。彼が感じている 世界に入れたのなら。そう思っても、到底不可能な話だ。


「…あ」
「どないしたん」
「今、の。今のメロディ、何か すき」

ふと聴こえたメロディが 今の気持ちにしっくりきた。
こういう空が高い日に似合う。
すると財前くんは珍しく笑ってみせた。あ、もしかして 笑顔見るの 初めてかもしれない。


「ん、俺も 好きや」


たったそれだけのことだったのだけれども。
それでも、私は何だか一向に胸をざわつかせていた。ざわざわ。だけど決して、嫌じゃないんだ。
心臓が大きな音を発てて跳ねたのが、聞こえた。ああ、何だか落ち着かない。
その原因にきっと私はそろそろ気付くのだろう。


「なまえ、」
「へあ」

いきなり名前で呼ばれたから、思わず気の抜けた返事をしてしまった。財前くんが笑う。
それでも、どうしていきなり名前を呼ぶの。そう聞くと、「何となくや」とそっぽを向いてしまった。

「光、くん」

悔しいから、私も彼の名前を呼んでやった。
すると彼は少しだけ驚いた顔で振り向く。
少しだけ赤い耳に、何とも言えない気持ちが胸に広がっていく。何だろう、上手く言えないけれど、これは多分"いとしい"とか そういう類のものだ。


「好きやで」

風が、うるさい。
顔がどんどん赤くなっていくのが、分かった。そんな私に、彼は悪戯に笑う。
瞬きをするのさえ、もったいないと思った。それをするのにも、あまりにも尊く 夢のような時だったから。


「…この曲が、でしょ?」

私がそう聞くと、彼は「まぁ、そーいうことにしといてもええよ」とか言って もう一度空を見上げた。だから私も、「私も、好きだよ」そう言うと、彼は何だか嬉しそうに口角を上げる。
私も彼の真似をして 空を見上げる。

見上げた空は、いつもより高く 青い。
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