「はあ?ストーカー?」

蝉が、うるさく鳴いている。
だけどそれにも負けないくらいに謙也は大きな声をあげた。隣で歩いている私からしたら、耳が痛い。キーンと奥の方で響いては痛んだ。
うるさい、と鞄で彼の足を叩いてやったら、見事膝にクリーンヒットしたらしく、いわゆる膝カックンになった。ださ、と笑えば「そんなことはどうでもええから!」と話を変えられた。私的にはもう少し膝カックンネタを続けたかったのだけど、謙也が今にも怒りだしそうだったので、それはまた今度にすることにしよう。

「だからー、ストーカー。最近つけられてて」
「つけられててって…なまえ、んな軽く言うもんやないやろ!」
謙也はまるで自分がストーカーにあっているかのように、わなわなと震えてみせた。相変わらずのヘタレっぷりに、何故かこちらの方が悲しくなる。

「…だからお前彼女できないんだよ」
「はあ?!今関係ないやろ!」

あら否定しないのね、そう言ったら、「今はストーカーの話や!」と頭を叩かれた。無論、グーでだ。
女の子にグーはないと思う。畜生、こいつには一生彼女なんて出来ないんだ。そう呪いの意味をも込めて念を飛ばしてやった。

「で、ストーカーって?どこのどいつやねん?」
「それがー…」

言葉を濁す私に、謙也はイライラしたように「はよ言え!」と言ってみせた。昔からせっかちな男だ。やっぱりこいつには一生彼女出来ないと再度思う。これは呪いだ。
そして私は、さっきよりも声を潜めて言った。まあ今更も何も、ないのだけども。

「今後ろ、いる」

謙也はみるみる顔面蒼白となっていき、「のわ!?」とか悲鳴やら驚きが混じったような声で叫んだ。
何だよ、のわって。そう言うと、「それどころやないやろアホ!」とか怒られた。女の子にアホはないよね。のわって叫ぶ男のくせに。本当なんだよ、のわって。

謙也は恐る恐る振り返ってみせる。それから、「ばっちりおるやんけー」と冷や汗垂らしながら声を潜めて。
さっきから何だか怪しいと思ってたけど、やっぱりまたつけてきたのか。そう溜息をつくと、「おっしゃ、いくで なまえ」といきなり手を握られた。
え、ちょ、なに これ。そう言う暇もなく、謙也は強く私の手を握り、突然振り返る。


「あの!こいつも、迷惑しとるから こうやって後をつけるんとか、やめといてもらえまっか?」

驚きだ。まさかあのヘタレな謙也が、ストーカー相手にこんなに堂々と。
だけど、また更に驚くこととなる。
謙也は私と繋いだ方の手を、ぐいっと上げた。


「そ、それに 俺のに手を出すなっちゅー話や!」


それから、謙也は私に「行くで!」と言ってから、猛スピードで走り出した。
グイグイと引っ張られるけども、私はこいつみたいにこんなに速く走れないので、足がもつれる。何度も転びそうになったけど、謙也が引っ張ってくれていたから、平気だった。


「…謙也、ストーカー相手によく、あんな」
「お、俺かてやるときはやる男なんや!」

走っているから、上手く呼吸が出来なくて 胸が苦しくなった。さ、酸素が足りない。
だけど、胸がいっぱいなのは きっとその理由だけではないということに、私はもう気付いている。

「…謙也、アレ、どういう意味」
「あれ、て」
「俺の、って」

謙也は更に走るスピードをあげた。足はもうこのスピードについていっていない。
ちょっ、ちょっと 速すぎるから!無理だよ!そう叫んだら、繋いでいた手に 更に力を込められた。ぎゅ。そう力を込められたとき、心臓まで掴まれたような気分がした。
心臓が不可解な音を発て始める。何だろうかこれは。私は今までこんな感情を、知らない。心臓がうるさくて、上手く走れない。


「俺が、握っといてやるから!」

握っといてやるから、何なんだろう。
俺のっていうのも、よく分からない。
分からないことだらけだったけれども、だけど、握られた手を通して 何だか温かいものが染み渡った気がしたので、何となく 大丈夫だな、とか。本当に根拠もないけれど、ただただそう ぼんやりと思った。
相変わらず謙也は走るのが速くて、私は何度も転びそうになるも、彼は私の手をしっかりと握っていてくれたから、大丈夫だった。
見上げた空は、いつもより青かった気がする。
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