「げ、一氏」
「げ、みょうじ」

そう私達が言ったのは、ほぼ同時だった。
太陽が燦々と照りつける 校舎の水のみ場のところで。私があまりにも暑くてぼうっとしていたら、何故か汗だくだくの一氏がやって来て。
今年初めてクラス一緒になったけど、どうも一氏とは気が合わない。正直言うと、苦手だ。


「何やねん、人の顔見てから嫌そーに」
「おどれこそ、何やねん。気分悪いわー」

一氏はそう言いながら、蛇口を上に向けて水を飲み始めた。
キラキラと、水が太陽に反射して輝く。それは何かの魔法のようで、眩しくて思わず目を瞑った。
まぶたの裏には、まだそのキラキラが残っている。やばい、何だこれは。慌てて瞳を開けて 嫌いな一氏を焼き付けて、さっきのキラキラはなかったことにしておく。
何となく、嫌だった。今のはきっと幻。気のせいだ。そういって慌ててかき消した。


「…練習、してたん?」

ああ、多分 これは夏のせいや。
普段なら、苦手な一氏とは口もきかないのに、今日の私はどうかしている。
きっと、これは夏のせい。
このキラキラする太陽とか水の飛沫とか、そういった夏の仕業だ。
はやく、はやくいつもの私戻って来い。そう祈るも、心のどこかで一氏の返事を期待している自分がいるのに、実は気付いている。


「お、おん。そや」

一氏も、私がまさか話しかけてくるとは思っていなかったらしく、返事がどもる。
だけど、いつもならこいつも 返事しないはずだ。

ああ、これも きっとキラキラ五月蝿い夏のせいだ。
辺りは鮮やかでクリアな景色で、眩しい。その中でも、一氏だけは私の中で 一番に鮮やかにくっきりと映る。
瞳を閉じても、それは決して消えることはなかった。
まぶたを閉じた暗闇の中にも、この夏の鮮やかなそれの中に、一氏は確かに居る。
(消えろ消えろ消えろ)
そう心の中で唱えるも、決して消えない。消えるどころか、どんどん鮮やかに大きく、それは私の中を侵食していった。

夏ってやつは全く困る。
だって、こんなの、まるで。
そう考えていたら、いきなり 水がかかった。
目を瞑っていたので、あまりにも突然で 呆然とする。
瞳を開けると、目の前で 一氏が悪戯に笑っていた。


「ははっ、どや、涼しいやろ?」
「…水、ぶっかけんな どあほ!」

私も仕返しに、一氏に水をかけてやった。
キラキラと、眩しい。ああ、まずい。これは。自分に言い聞かせるけど、止まらない。いつだって強くて正直なのは本能だ。
ああ、どうしたって どう止めたって、世界は眩しいし鮮やかだし、目の前の一氏はその中でも輝いている。
一氏の、シャツの白が ずっと焼きついて離れない。
どうしてだろう。考えて、その先を考えるのが怖くて やめた。


「ははっ、みょうじ、自分 おもろいな意外と」
「…私は昔からおもろかったっちゅーねん」
「ふ、は」
「…ばーか」

二人で、こうして本気で水掛け合いて。
何だ、本当馬鹿みたいだ。子供にもほどがある。
何だか、笑えてきて 思わず頬が緩み笑ってしまった。青空を見上げながら笑ったら、すごく気持ちが良かった。ああ、こんな感情 どのぐらいぶりだろう。


「…ほれ」
「え、わ」

一氏にタオルで、わしゃわしゃと頭を拭かれる。視界がタオルの白に包まれた。少し、一氏の匂いが混じる。そんなこと考えたら鼓動が一気に速くなった。(あ、あかん)

「ちゃんと拭かんと、風邪ひくで」
「誰、が 水かけたと思っとるん」
「俺やな。は、は」

わしゃわしゃと拭かれる。
髪型がボサボサになる、そう思ったけども こうやって一氏に子供みたいに拭いてもらうのは、何となく気持ちが良かったので、何も言わないことにした。

すると、急に 何か引き寄せられた。
相変わらず視界はタオルなのだけども、一氏の胸に引き寄せられたことだけは、分かった。
え、これは、何事。


「…なまえ」
「……ひ、と うじ」

私が彼の名前を呼ぶと、一氏はぶっきらぼうに、

「こっ、これからは下の名前で呼ぶで!」

そう言ってから、もう一度私の頭をわしゃわしゃと拭いてから、とっとと行ってしまった。

「じゃ、じゃあな、なまえ!!」


その場に残されたのは、ただただボサボサ頭で呆然とする私と、一氏の香りがするタオルと 眩しい景色だけで。


「…ユウジ」

何気なく呟く。それだけでも、自分でも驚く程に心臓が跳ねた。
奴が行っても、未だにあのキラキラは私の中からは消えなくって。
くそ、夏の馬鹿。そう青空を睨んだ。空は、ただひたすらに高く 青いばかりだ。
だけど、夏が終わったら 消えてしまうのだろうか。
そんなことをぼんやり考えたら、それも少し嫌な気がした。
ああ、夏がきたなあ。
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