ほう。そう訳もなく溜息を漏らすと、私の口から排出されたそれは白く宙へと浮かんでは、冬の乾いた空気へと溶けていった。
白く排出されたそれが消えていく様を、ただただぼんやりと見つめる。ほう。もう一度漏らすと、それも同じく乾いた空気に吸い込まれていく。私は ただただ見上げて、それを繰り返すのだ。
ほう。ほう。

そんなことを繰り返していたら、「おい、みょうじ。」後ろから名前を呼ばれて、ギクリ、と肩が跳ねてしまった。
人にこんな溜息連発しているところだなんて 見られたくなかった。しかも、その声の主に一番見られたくなかったのだ。よりによって、どうしてこの人に見られてしまうかなあ。もう一度、ほう と溜息をついてみた。
だから振り返らずに、制服のスカートから出ている一本の糸を弄ぶことにする。スカートから出ているそれをグイと引っ張ると、スカートまで縒れてしまった。あああ。
そんなことをしていると、「何やってんだ。」声が、先程よりも更に近くに降って来た。明らかに私を見下しているみたいなそれだ。


「…跡部。」
「こんなところで、風邪引くぞ。」

そう跡部は言い放つ。少女漫画とか恋愛小説とか、そういった類のものの読みすぎな私は、そこで彼が男前に彼の上着なんかを着せてくれたりとかするのではないかと、浅はかな期待を抱いてみたのだけれども、そんなロマンチックなことは一切無かった。
ただ彼は私を何やってんだ変な女、ぐらいの目でしか 見ていないのだ。


「…別に、いいでしょ。」

私も少女漫画やら色々読んでいる割には、何ともまあ可愛らしくない返事である。だからまあ、跡部ともお互い様なのかもしれない。
跡部の私を見る視線が何だか痛くて、どうしても居た堪れなくて 逃れるようにして冷たく突き返した。
でもそうだ。いつだってこうやって冷たく返して、何より冷たくなるのは自分の胸だった。現に今も、私の胸の奥には ひゅうひゅうと寒い風が吹きぬいている。
いつからだろう。いつから、私達はこんなにぎこちなくなってしまったのだろうか。少なくとも昔は、私も素直で 彼も優しかった。二人でよく、遊んだりしたものだ。彼の家にだってよく行っていたのだ。今となっては信じられないけれども。

年が経つごとに、どこか私達は 離れていってしまったように思う。どこかぎこちなくなっていき、今では話すのでさえ 億劫だ。
だって、昔とは明らかに違う。彼は気がつけば生徒会長に、テニス部の部長に、周りが囃し立てるような 存在となっていたのだ。昔とは、違いすぎる。ほう。もう一度溜息をついてみたら、それは先程よりも 白く白く、冬の空気へと溶けていく。


「…風邪、引くだろ。」

いつもは今の会話で終了、さようなら。そんな風だったというのに、今日は珍しく跡部はまだ私に話しかけた。先程と同じ言葉であったけれども。
驚いて思わず振り返って彼を見た。跡部も私が振り返るとは思ってなかったらしく、驚いてみせたけれども もう一度私を見据えて言う。「風邪、引く。」
私も驚いて、口が上手く動いてくれない。だけども何か言わなくては。そう慌てて脳をフル活動させて口を動かす。

「それ言うの、何度目。」

何とも可愛くない私の返事に、跡部も返す。
「…みょうじが聞いてないかと思って。」
そう言う跡部の耳は、少し赤く染まっていた。全く風邪引くのはどっちだ。

「聞いてるよ。」
「だったら、」

どうして、俺の眼を見ないんだ。

そう言われてから、彼の眼を初めて見た。
昔とちっとも変わらない、真っ直ぐで綺麗な瞳だった。だけども、昔とは違った、それだった。
ほう。どうしようもなくって、もう一度溜息をつく。白く、白く 溶けていく。


「…どうして、溜息ついてたんだよ。」
「ええ、いや…その。分からない、よ。」

跡部の眼を見ていると、上手く喋れなかった。鼓動が妙に五月蝿くて、喋るのが難しい。そんな私などをも気に止めず、彼は続けた。

「辛いときは俺に言えよな。」

そう言い残して、何だか照れ臭そうに視線を逸らす。彼が視線を逸らすところなんて、初めてかもしれない。いつだって私が視線を逸らしていたのだ。
だけども彼は最後には、真っ直ぐに私を見据えた。昔とちっとも変わらない、だけども随分と違ったそれだ。
私は彼とは違って宝石なんてあまり知らないけれども、小さい頃 お話とかでよく読んだ、宝石みたいだと ぼんやりそれを見て思う。綺麗な綺麗な私の宝石。

跡部は、「それだけだ。」とか言って、とっとと行ってしまった。私のことなどお構いなしだ。散々私を乱しては、颯爽と帰っていく。
私はと言うと、妙に落ち着かない不可解な心音と共に 呆然とそこに立ち尽くしていた。跡部に掻き乱された心臓だけを持って、さてこれからどうしようか。
辛いときは俺に言え、とは。何なんだ。馬鹿みたいだ。
悔しくてどうしようもなくって、そう遠くなっていく背中に、悪態をついては思い切り睨んでやった。
だけども、彼が言う その辛いときが、訪れても 彼に言えば良い。辛いときがいつか来るのを、どこかで待っている自分がいることに気付いてしまった。

昔とちっとも変わらない彼の口ぶりに、だけども全く変わってしまった彼に、もうすっかり小さくなってしまった背中を見つめ続けていた。
もう一度溜息をつこうと思ったら、心臓が妙に五月蝿くて居心地が悪くて、上手く出来なかった。
だから、私はただただもう一度、あの彼の宝石みたいな瞳を反芻するのだ。何度も、何度も、繰り返してみせる。

ああ、でももう彼の背中は、見えなくなってしまった。

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合同企画にあげた作品。
跡部です。このお題見た時、跡部っぽいなあと思いまして。
えへへ。
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