足の先から冷えていくような感覚に、僕はぶるりと身体を震わせ目を覚ました。何となく手を伸ばして確認してみたが、布団の中に彼女の温もりは残っていない。通りで寒いはずだ。こんな寒い思いをするくらいなら、起こしてほしかったなあ。なんてぶつくさ文句をつけながら、決して軽くはない身体を引き摺るようにして起き上がる。することも特にないので、千鶴ちゃんを探しに行こうと襖を開けば、案の定ひんやりと冷たい空気が頬を刺すように撫でた。次いで、一面真っ白に覆われた庭が目に入る。ああ、初霜か。最近冷え込みも厳しくなってきてたし、そろそろかなとは思ってたんだよね。そんなことを考えながら縁側を歩いていたら、寒さのせいか柄にもなくへっくしゅん!と大きな嚔をしてしまった。そして、まるでつられたみたいに咳まで一緒に出てくるものだからかなりうるさかったんだろう。庭の方から血相を変えた千鶴ちゃんが駆けてくるのが分かった。


「総司さん!起きてきちゃ駄目じゃないですか!こんなに冷えてしまって……!」


千鶴ちゃんは困ったような顔をしながらそう言うと、上着の小袖を僕に押しつけた。こんなに冷えてしまって、なんて言うけど僕に触れた君の手が氷みたく冷たかったこと、知ってるんだからね。


「どこに行ってたの?」


「お洗濯物をしてただけですよ」


「わざわざこんな寒い日にしなくたって良いんじゃないの?」


「あと少しで終わりますから。総司さんはお布団に戻るか、居間の火鉢で暖まっていてくださいね」


にっこりと微笑んだ千鶴ちゃんの唇の青白いことが何だかとても恐ろしく思えて、僕は堪らず自分の唇を重ねていた。床がある分いつもより背丈に差ができて、屈めた腰がちょっとつらい。千鶴ちゃんは突然のことながらも、黙って口づけを受け入れてくれてる。こういう素直なところが千鶴ちゃんの良いところだよね。それにしても、お互い身体が冷えてたはずなのに、どうしてくっついたらちゃんと温かくなるんだろう。その温もりが名残惜しくて、千鶴ちゃんが苦しそうな声を出すまで僕は離してあげられなかった。


「っん、は、総司さん……どうなさったんですか?」


「ごめんごめん、どうもしてないよ。強いて言うなら、庭が白くて苛々してるくらいかな」


「庭が白くて?」


「そう、庭が白くて」


首を傾げる千鶴ちゃんの肩に小袖を返してあげた後、両手でその頬を包み込む。彼女の白い頬はやはりひんやりと冷たかった。おずおずと僕の手に重ねてきた彼女の手もやはり白くて冷たい。白くて、冷たいのだ。


「総司さん?」


「千鶴は、綺麗だから」


「……そんなこと、」


「なくない。千鶴は綺麗なんだよ。だから、僕は庭が白いと苛々する」


「……えっと?」


「居間で火鉢に当たって待ってるから、洗濯物直ぐに終わらせておいで」


「え……、あっ、はい。ちゃんと暖かくしてなくちゃ駄目ですよ?直ぐに戻りますから!」


納得してないはずなのに、千鶴ちゃんは屈託のない笑顔を浮かべると真っ白な庭の向こうへと駆けて行ってしまった。きっと、彼女には分からないんだろう。僕を失うことだけを怖がってる千鶴には分からないんだ。僕は、君がこの純白に埋もれて見つからなくなってしまうことがとても怖いんだよ。君は綺麗で真っ白だから、冷たくなってしまったらまるで霜と変わらないじゃないか。そうしたら、僕はちゃんと君を見つけ出せると思う?こんな、ほらまた咳出てきちゃったし、死に損ないみたいな僕にこの庭一面の白から君を見つけ出すことなんてできると思う?当てずっぽうに手を伸ばしたら、ちゃんと届く?だってほら、庭に咲いてたはずの白菊は何処にあったかもう分からなくなっちゃったんだよ。君に似てるねって僕が褒めた、あの花は。



心あてに
折らばや折らむ
初霜の
置きまどはせる
白菊の花




歌人:凡河内躬恒
出典:古今・秋下
《歌意》当て推量で折るならば折れるだろうか。初霜が一面におりて、その白さで見分けがつかないようにしている白菊の花を。

引用⇒百人一首(旺文社)


本来はこんなに病んだ感じの詠ではないはずなんですが、何だか現代訳を見たときに白菊に焦がれた末自棄になった危うさみたいなものを感じ、こんな風になってしまいました。ちなみに、レイアウトは菊襲を意識して白と紫にしてみました。

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -