「う、わっ」

ざああ、と一際強い風が吹いた。連れて行かれるかのように桜の花弁も同じ道を舞う。ぎゅっと反射的に強く瞑った目を恐る恐る開けると、今度は取り残されたような淡い風が吹いてゆらゆらと桜の枝を揺らしていた。

「…………」

はらはらと、舞い上がった桜の花弁がゆっくりと落ちてくる。千鶴はそれに気付いて、空を見上げた。どこまでも青、透き通るような青空から降ってくる桜はまるで雪のようだ。千鶴の運命を変えたあの日とは反対だと思うようなその景色に、千鶴は笑みを滲ませた。

「……ちづ」

優しい声に呼ばれて千鶴は振り向く。羽織を肩に掛けた旦那様が千鶴の傍で足を止めた。そして吸い寄せられるかのように、彼が上を向く。

桜の花弁が散る中で、唇をきゅっと結んでまっすぐ空を見上げる姿はとても、綺麗だった。やっぱりこの人には桜が似合う。見蕩れてしまう程に。
「……なんだ、人の顔じっと見たりして」

「えっ?」

ちろり、と視線だけこちらに寄越した土方がぼそりと呟く。き、気付かれていた――。気配に敏い彼が気付かないはずはないのだけれど、そんな素振りは見せなかったので驚いてしまう。千鶴は頬を染めて視線を落とした。

「歳三さんが、綺麗でしたから」

散りゆく桜が、あなたにとてもお似合いで。か細い声で千鶴が伝えれば、土方も気付かないくらい、少しだけ頬を染めた。そして、自分の手を千鶴の頬に添える。

「とっ……歳三さん…?」

戸惑うように見上げる瞳が恥ずかしそうに伏せられる。彼女の、女っぽい表情が好きだった。自分だけにしか見せないのだと思うとたまらなく愛しくなる。

「男に綺麗、なんて言葉使ったって喜ばねえよ……、桜が似合うのはお前だろうが」

少々拗ねたような口調になってしまった。けれど、千鶴はその口調よりも言葉を優先したようだ。ぱっと顔をあげてみるみるうちに赤くなる頬を惜しげもなく晒す。相変わらずの初な反応に思わず吹き出せば、千鶴は更に恥ずかしそうに身を縮こまらせた。

「そっ、そんなに笑わなくたって……」

今度は彼女が拗ねてしまう。可愛いな、なんて素直に感想を持って柔らかな頬に指を滑らせる。千鶴は擽ったそうに身を捩らせた。

「……綺麗だよ、お前は。俺が言うんだから間違いねえ」

「…………そうですね。確かに、たくさんの女の人を見てきた歳三さんの言葉なら信じてもいいのかもしれません」

む、と。なんだか変な方向に解釈したらしく彼女は目を細めて機嫌を損ねた風にそう言った。全く、と眉間を顰めてため息をつけば千鶴はびくんと肩を揺らした。

「どう受け取ろうがお前の勝手だ。お前が綺麗だってことは変わらねえからな」

その言葉を聞いて、千鶴は顔を真っ赤に染めて視線を逸らす。

「捻くれていてごめんなさい。……嬉しいです」

ぼそりと呟いた千鶴に……土方は満足そうに口角をあげた。

千鶴の頬に添えていた手をするりと離して、そして手を握る。千鶴はやっぱり恥ずかしげに戸惑っていたけれど、すぐにぎゅっと握り返してくれた。

「桜、散ってしまいますね」

暖かな日差しが降り注ぐ中。穏やかな風は少しずつ桜の花弁を散らせてゆく。またそれも趣があり美しい。けれど、桜が好きな千鶴にとってそれは寂しい光景でもある。

「そうだな。咲き誇るのはほんの少し……あとは散るだけだ。あっという間で寂しいかもしれねえが散るまで含めて桜だろ」

「……それもそうですね。散っていくのも綺麗ですし」

ぎゅっと、繋いだ手に力が込められた。辛いのだろう。それは知っている。けれど時は、止まってなどくれないのだ。いつだって一秒先にと急かして、残りの時間を奪ってゆく。

「散ったらまた来年を待てばいい。きっとこの桜の木は、枯れたりしねえだろ。ずっと咲いてくれるはずだ」

「……歳三さんのお気に入り、なんですね」

彼女が好きな桜だから――、とは言えない。そうだ、と苦笑すれば千鶴は嬉しそうに笑ってくれた。ざあ、とまた一際大きな風が吹く。舞い上がった花弁を見上げて、千鶴がそっと土方に寄り添った。




久方の 光のどけき 春の日に
しづ心なく 花の散るらむ


作者:紀友則
口語訳:うららかな日の光がふりそそいでいる。こんなのどかな春の日に、桜の花は、どうしておちついた心もなく、あわただしく散るのだろうか。


2011/03/25
激しく逸脱した気がしなくもないです。そして句に目覚めそうな気がしなくもないです。

散ってゆく桜をどんな気持ちで眺めるんだろうみたいなことを書きたかったけど失敗しました(^▽^)ありがとうございました!


参考:http://contest2.thinkquest.jp/tqj2003/60413/index2.html




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