知っていたけれど。
どんなに手を伸ばしても、どんなに見つめても、どんなに想っても、あの空には届かないことなど。





「千鶴!」

突然名前を呼ばれて、びくんと思わず大きく肩を揺らす。びっくりした。いつから彼は私を見ていたんだろう?

「どうした?さっさとこっち来い」

「は、はい!」

あなたが消えてしまったら――ってことを考えていました。なんて言えるわけもなく。千鶴は大きな声で返事して雪の上を進んだ。








「こんなに冷えて。馬鹿じゃねえのか?あんなとこで何やってたんだ」

少々お怒り気味の彼に後ろからすっぽりと包まれて、千鶴は甘えるように擦り寄った。あたたかい。

「ちょっと、空を見ていただけですよ」

「わざわざ外に出る必要があるんだな」

少々皮肉っぽく拗ねたように言った彼の言葉に、千鶴は小さく笑った。心配してくれているのが伝わってきて、とても嬉しい。

「……何笑ってんだよ」

「いいえ、別に何も……ふふっ」

ずっと手の届かない人だと、背中を見つめることしかできない人だと思っていた彼が、すぐ近くにいる。そして、今まで知らなかった一面を見せてくれている。

夢のように幸せ。
だからこそ、この幸せは醒めてしまうのだろうと、千鶴はそう思う。

「心配してくださってありがとうございます、歳三さん」

嬉しいです、と続けて呟く。

彼はちょっとだけ驚いたように固まって、そしてすぐに千鶴を抱きしめる腕にぐっと力を込めた。

「当たり前だろうが。いつも言ってるが、お前はもっと自分のことを大事にしろ」

「本当、いつも仰いますね」

くすくすと笑えば可愛い声が響く。そして、でも、と千鶴が呟く。

「…歳三さんだって同じですよ?いつも私の心配ばかりしてらっしゃって」

「……お前と一緒にするんじゃねえよ」

千鶴がふわりと微笑んだ。照れ隠しだなんてお見通し、とでも言いたげに。いつもより強気な彼女に顔を顰めてみせれば、千鶴はぎゅっと抱きついて静かに話し出した。

「……歳三さんは、消えてしまったらやっぱり空に行かれるんですか?」

「ああ?何言ってんだお前」

顔を見ようにも、胸に顔を埋めてしまった千鶴の表情は拝めない。せっかく彼女から抱きついてくれているのに引き離すのも気が引けて、土方は仕方なしに彼女を抱きしめ返した。

「そうだな。あいつらも空にいるだろうし……」

言いかけて、彼女の肩が震えていることに気がついた。泣いている。

「おい、ちづる」

「……せっかく、こんなにお傍においてもらってるのに」

「千鶴?」

「また、離れてしまうなんて、怖い、です」

途切れ途切れに千鶴が呟いた。

もしかして。
さっき、空を見て彼女は一人で恐怖に怯えていたのだろうか。寂しくなってしまうことを、一人になってしまうことを……最愛の人が消えてしまうことが、怖くて。

「……馬鹿だな、お前」

「っ、」

「泣き虫で弱くて、その上頑固なお前を、そう簡単に置いてきゃしねえよ」
はあ、と溜息交じりに言葉を吐く。

「心配で仕方ねえじゃねえか」

満足に空にも上れやしねえ、と。

「安心しろ千鶴。俺はまだまだ死ぬ気はねえし、空だってんな遠いもんじゃねえ」

ぎゅ、と抱きしめて続けた。

「お前が頑張って生きれば……いつかは辿りつけるとこなんだよ」

「……っ」

「大丈夫だ。不安になるようなことなんて何一つねえ。この俺が言うんだから……信じない、なんて言わねえよな?」

「……は、はい。しんじ、ます」

「おう。いい返事だ」

涙目の千鶴にこつんと額を合わせて、土方はゆるりと微笑んだ。満足げな微笑に、千鶴は頬を染めて俯く。大丈夫だ、と。根拠などないのにそう思わせる彼の巧みな口述にのせられた気もしなくはないが、千鶴はそれを信じた。大丈夫だと、彼が言うのだから間違いない。彼はいつもそう言って、今千鶴の傍にいるのだから。

「……ごめんなさい、歳三さん。ありがとうございます」

気が抜けたように力なく笑って千鶴が言った。


雪を降らせた雲は消えて空が眩しい。遠くて、でもいつだってそこにあるのだと、まるで笑っているようだった。






いつだってそこにある







2011/02/06
提出遅れてすみません……!
土千でした。二人だったらきっと大丈夫。大丈夫。いつまでもお幸せに(´;ω;`)ブワッ
ありがとうございました!


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