もし、雨が降っていなかったら。私がこんなにびしょ濡れじゃなかったら。きっと、土方先生が私をここへ連れて来ることはなかっただろう。なんて、Yシャツを腕捲りし、浴室でシャワーの温度を確かめている先生の背中を見ながら、ぼんやりと思った。
高校を卒業してから、2年。土方先生への想いを消し去る努力はたくさんたくさんしてきたつもりでいる。告白してくれた人と付き合ってみたりも、した。でも、私の気持ちが他に向いていることに気付いたのか、彼は暴力を振るうようになってしまった。中途半端な自分が悪いっていうのに、私は耐え切れなくて、傘も持たずに逃げ出して、そうしたら……土方先生に再会したのだ。ううん、偶然みたいな振りをして、本当は先生に助けてもらいたかったのかもしれない。だから、足は自然と高校の方面に向かってたんだろう。私、やっぱり嫌な女。


「千鶴、来い」


「えっ、でも……」


「そんだけ濡れちまってたら、一緒だろうが。早くしねえと風邪引くぞ」


「……、はい」


土方先生に促されるまま、私は浴室へと足を踏み入れた。私の後ろに手を伸ばした先生が、戸を閉める。密室になった浴室は、蒸気で白くぼやけて見えた。生温いような空気が、少しだけ心地好い。


「掛けるぞ」


土方先生の言葉と共に、頭から熱いくらい高温に設定されたお湯が掛けられる。同じ水の粒だっていうのに、どうして雨と違ってシャワーはこんなに温かいんだろう。それにしても、服を着たままシャワーを浴びるなんて、何だか悪いことをしてるみたいだ。ううん、私、悪いことばかりしている。先生はいつまでも私の先生なのに。私には、彼がいるのに。どうして、どうして、泣きたくなるの。


「泣いてんのか」


「な、いて……ません」


「……脱がすぞ。良いな?」


先生が、カーディガンのボタンに手をかける。抵抗は、しなかったし、する理由もなかった。私は、今も昔も土方先生のものだから。先生が要らないって捨てたって、私は先生のものでいたかった。先生は私のものじゃなくても、私は先生のもので在り続けたかった。我が儘だって叱ってほしいのに、先生は眉を顰め、困ったような顔をしている。躊躇うように彷徨った右手が、露出した肩の痣に触れた。


「これは」


「私が、悪いんです。私が、私が、ずっとずっとずっといつまでも中途半端だから……。彼は、悪くないんです」


「……馬鹿やろう」


ごろん、と床に落とされたシャワーヘッドは、しばらくのたうち回った後、浴室の角に収まった。土方先生は、両腕でずぶ濡れの私を抱き締めてくれている。懐かしい匂いと温もりに、びっくりするくらい安心した。


「先生、濡れてしまいますよ……」


「構わねえよ。俺が、悪かった。俺が、お前を手放さなけりゃ良かったんだ」


「そんな、こと……」


「此処にいろ。千鶴、此処にいろよ」


「……、はい」


頷く私の目から落ちた水の粒は、シャワーが吐き出し続けるお湯と混ざって、生温い温度のまま、排水溝に吸い込まれていった。いつか、雨を降らす雲になれば良いのに。そして、此処でしか息ができない私を叱ってほしい。



















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