もし、人間が言葉を喋らなかったら、嘘なんてものはひとつも生まれなかったのかもしれない。言葉があるから、人間はきっとつい嘘を吐いちまうんだ。そう考えると、愛してるって言ったくせに嘘吐き!なんて台詞は、スカスカの空っぽ。その「愛してる」が賞味期限切れだってことくらい、自分に向けられた視線の温度で気付けなきゃ、駄目なんだ。触れる手の優しさとか、そういうので気付けなきゃ、お前だって愛してなかったんじゃねえの?って話。実際、オレにはちゃんと分かってたよ。2人の間にはもう何もないことも、オレのこと疎ましいって感じてたことも、全部全部。だから、言葉なんて要らない。言葉なんか欲しくない。傍にいてくれるだけで、良いんだ。ただ微笑んで、オレの手を握ってくれていれば、それで、ちゃんと信じていられる。


「今日の晩ご飯はね、ハンバーグにしようと思ってるんだ」


「あ、やっぱ?何となく、買い物のときからそうかなって思ってたんだけど、当たりだな」


スーパーからの帰り道。いつの間にか、そんな風に何でもない会話をしながら手を繋いで歩くのが、オレたちの当たり前になっていた。私が持つから、と散々抵抗され、それでも何とか言い包めてオレが持つことになった買い物袋には、ハンバーグを作るのに必要な食材が揃っている。こうやって一緒に買い物に行ったり、千鶴が買って来てくれた物を見て、その日の献立を予想するのが、実は最近の楽しみのひとつ。ゲームみたいな感覚っていうのもあるけど、ひとつでも多くオレは千鶴のこと分かってたいっていう理由もあると思う。独占欲とかとはちょっと違って、なんつーか、オレは、千鶴がもしつらかったり苦しんだりしてたら、一番に気付きたい。あれ、これを独占欲って呼ぶのか?よく分からねえけど、とにかく、オレは千鶴のこと分かってあげていたいんだ。押し付けがましいような気もするけど、さ。


「なあ、千鶴。オレたち、ちゃんとした家族になれるかな」


「どうしたの、突然?」


きゅ、と少しだけ千鶴の指先に力が籠もった。僅かな変化だけど、どうやら不安にさせちまったらしい。昔から、千鶴は人の顔色を伺って行動するタイプだったけど、オレと付き合うようになって、それがより一層増したような気がする。オレは、そんな柔にはできてないから、別に平気なのにな。


「突然っつーか、マリッジブルーみたいなもん?」


「やだ、平助くん。そんなタイプじゃないのに」


「な。可笑しいって、自分でも思うよ。何でもっとはっきり、お前のこと幸せにする……とか、言ってやれねえのかなって」


「平助くん……」


「自信、ねえんだよな。オレ、ちゃんとした家族って、よく分かんねーし、さ。お手本が、なかったから」


こんな弱音を吐きたかったわけじゃない。それなのに、一度ネガティブなことを口にしてしまえば、面白いくらい次から次へと言いたくなかったはずの言葉が出て来てしまった。だから、嫌なんだ。言葉は、思ったように隠れたり、出て来たりしてくれないときがあるから、嫌いなんだ。ちらりと千鶴の表情を確認すれば、ばっちり視線が合ってしまった。その途端、ふわり、と千鶴の小さな唇が綻ぶ。


「幸せに、なれるよ」


「……へ、?」


何というか、正直、呆気にとられてしまった。何が根拠なんだとか、どうして当たり前みたいにそんなこと言えるんだとか、馬鹿だなあとか、そういう疑問や不安を微塵も持たせないくらい、確信に満ちた表情で、清々しいくらいに千鶴がそんなことを言うから、オレも、ああそうなんだって自然と思えちまったんだ。言葉なんて嫌いなはずなのに、どうして、千鶴の言葉にはこんなに救われるんだろうか。


「……幸せに、なろうな」


「うん、大丈夫だよ。平助くんがいるから、幸せになれるよ」


魔法みたいに優しい言葉ばかりを紡ぐその唇からは、きっと一生嘘は出て来ないんだろう。なんてのは、あくまでオレの希望的憶測だろけど。千鶴の嘘に殺されるなら、それも良いかもしれない、なんて思った。

















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