風呂から上がってリビングに行くと一君がソファーに座っていた。気が抜けてるのか普段は何を考えてるかわかんない顔してる一君も今日はすっげぇわかりやすい顔をしていて俺は小さく笑った。一君は、明日のことを考えてる。これは絶対正解だ。



「はっじめくーん」
「……っ!なんだ、平助か」
「なんだって何さ」
「特に、意味はない」
「うっそだ。千鶴だと思ったんだろー?」


千鶴という名前に反応してか一君は一瞬で真っ赤になって動きを止めた。わかりやすいったらありゃしない。そんで千鶴のこと考えてたんだろと言えば一君は更に顔を赤らめて勢い良く立ち上がった。目でなんで、と語りかけてきているけどそんなの無視無視。わからない方がおかしいだろって言ってやりたい。いくら明日が結婚式だからって今の一君は絶対浮かれすぎだ。


「嬉しいのはわかるけどさーもうちょっと落ち着きなよ一君」
「何故、そう思う」
「だって一君さっきからにやけてるよ」
「そ、そうか」


話の途中だけど喉が渇いて台所に行くと一君もついてきた。それを尻目に見ながら冷蔵庫から牛乳を出してコップを使わずにそのまま飲む。いつもなら一君にはしたないと注意されるんだけど、今はそれどころではないらしい。俺に言われたことについて考えてるらしく、すっげぇ考えてますってオーラが出てて余計笑える。これは千鶴大変だろうなぁって思いながらすごく心があったかくなった。

いつからだったかは知らないけど、一君と千鶴の付き合いはそれなりに長い。結婚すると聞かされてやっとするんだと思えるくらいの年月を二人は過ごしていた。たしかに結婚をして、兄ちゃんである一君が家を出てしまうことは少し寂しいけどそれ以上に俺も嬉しかった。一君は俺のことを大切にしてくれてたから。自分でいうのもなんだけどほんとにそう思えるくらい大切にしてくれた。きっと一君は千鶴を俺以上に大切にするんだ。それは千鶴を幸せにして、一君自身も幸せにする。そうやって一君が幸せになることは何よりも嬉しいし俺も幸せになる。



「でもさ」



飲み終えた牛乳を元あった場所にもどして冷蔵庫を閉める。一君は未だに考えていたみたいで俺が話しかけると少し驚いていた。だけど何事もなかったかのようになんだと返されたから俺もそれにはつっこまずに話を続ける。


「俺、嬉しいんだ」
「何がだ」
「一君とー千鶴の、結婚!」


結婚って言葉を口にすると、一君は少しだけ笑った。結婚の言葉を聞くだけでそうなっちゃうんだからすごいんだなぁ、結婚って。
じーっと見てると一君も自分の顔がゆるんだことに気づいたみたいで一つ咳払いをしていつもみたいに何故?と聞いてきた。こらえきれずに笑えば少ししかめっ面。



「だって一君のネジが弛んで面白いし千鶴は俺の姉ちゃんになるし、俺いいことばっかじゃん」
「ネジが、弛む……?」
「はいはい細かいことは気にしなーい」
「細かいことなのか」



そうそう、と俺が適当に言ったのを最後に会話は途切れた。何か気に障ったこといったかなって思ったけど、こんなのいつものことだ。そしてあんま気にしても仕方ないか、その考えに行き着いてでもまだ台所にいたからリビングいこうぜ、とだけ言って。今度も一君は無言で後をついてきた。今はもう何を考えてるかわからない。
リビングにいくとさっきまで一君が座っていたソファーに座った。そんで一君も。


「俺は、」


沈黙のまんまも嫌だし、テレビでもつけようかとリモコンに手を伸ばすとそれを遮るように一君が口を開いた。だけど何?と聞いても気まずそうに顔をそらすだけ。話しかけてたのを途中で止められてなんか嫌だった。


「どうしたの」
「………………俺は」
「ん?」
「平助は、千鶴が好きなんだと思っていた」
「俺が?千鶴を?」


もごもごと何を言うのかと思ったらなんとも的外れなこと。そりゃ好きだけど一君が心配するような好きじゃない。千鶴は誰にでも優しいから、好き。それだけだ。ましてや一君の家族になる人なんだから、好きに決まってる。だからそれを聞いた意図がよくわからなかった。もし仮に俺が千鶴を好きだったとしても一君が気にする必要なんかない。俺は、俺の家族が何よりも大切だから。


「俺は、家族が好きなんだよ一君。それだけ。だから一君が千鶴と結婚して幸せになるのはほんと、嬉しいんだ」


何を思ったのか、一君は俺の言葉を聞いて、うつむいた。覗き込もうとしたら、手で隠されて俺も無理に見ようとは思わなかったから、前のめりになった体を元に戻してソファーの背もたれに体を埋めて目を閉じた。




俺はきっと、この先誰とも結婚なんてしない。一君と千鶴が結婚すると知った日からよくそう思う。結婚なんてしないでたまに一君と千鶴に会いにいったり、いつか二人に子どもができたらその子どもと遊んだり。そうして過ごしていける未来が俺には一番輝いてみえる。こんなこと一君に言ったら怒られっかもしんない。それでもそう思うんだからしょうがない。何度も思うように、俺の幸せは家族にあるから。一番の幸せなんだからいいじゃんか。でももしもそれでいいのかと聞かれたなら。ただただ思うのは俺を置いていかないでくれるならってこと。そばにいれれば、それでいい。



「一君が千鶴の旦那さんになってもさ」

「ずっと、兄弟でいてね」




ふいに髪に感じたぬくもりは俺をやさしく撫ぜる。目を閉じていてもわかるそれがとてもいとおしい。ああ、やっぱり。ただそばにいるだけでこんなに幸せだ。





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