「おい」 びくんっ! 目に見えて分かるほどに、彼女の肩が跳ね上がった。 「千鶴?何隠してるんだ?」 こちらに背を向けた彼女が何かを隠しているのはすぐに分かった。背中が来ないでと訴えているのにも気づいた。 けれど、そうやって拒否されると余計に気になるし何より腹が立つ。思わず眉間に皺を刻んで、土方はそっと千鶴の横に腰を下ろした。 「千鶴?」 「は、ははははいどうかしましたか歳三さん」 彼女の声から動揺は手に取るように伝わってくる。ここまであからさまだと逆にからかうことに楽しさを覚えて、土方はそっと口角をあげる。そして、そろそろと千鶴の肩に腕を回した。 「千鶴?何隠してんだ、それ?」 耳元で囁くように呟きながらそっと引き寄せれば、千鶴はふらふらと体の力が抜けていくように土方に寄り添う。 「な、何も隠してませんよ……?」 「ここまできてまだ吐かねえっていうのか?強情な女だな」 「そ、そんなの今更ですよね!?歳三さんは私が頑固だって知ってますよね!?」 ぎゅ、っと腹部に何かを抱えたまま千鶴は顔を真っ赤にして叫んだ。どうやらどうしても教えてくれないらしい。彼女の言うとおり、千鶴が頑固だということは自分が一番知っている。 「……どうしても俺には言えねえことなのか?」 それと同じく――。 彼女が、自分に弱いことも知っていた。 「なっ……」 そんな言い方ずるい、と言わんばかりに千鶴は目を潤ませた。そういうわけじゃない、と千鶴が言いたげにしているのが分かった。膝の上に抱き寄せて、甘い香りにつられるように彼女の首筋に顔を埋める。すん、と空気を吸えば、千鶴が傍にいると実感できた。 するりと、千鶴の腕から力が抜ける。彼女は自分に弱い、のだ。その隙を見逃さず、千鶴が抱えていたものを土方は勢いよく抜き取った。 「あっ……!」 彼女が気づいて手を伸ばしたときにはもう遅い。さっきまで頑なに土方の侵入を阻止していた千鶴はあっという間に彼に敗北した。 「と、歳三さん……!」 返してください、と千鶴が土方に抱きつくように飛び掛る。土方はそれを軽く流して千鶴を腕の中に抱えこんだ。びっくりして千鶴が固まる。離さぬように片手できつく抱きしめ、千鶴が抱えていたものをぱさりと開けば……。 「……お前、これ」 呆然として千鶴に尋ねれば、彼女は顔を真っ赤にして土方の肩口に顔を埋めた。うー、と小さな声が漏れている。恥ずかしそうだ。 「……子供のか?」 そういえば、千鶴は何も言わずにただこくんと一つだけ頷いた。 子供ができました、と彼女に報告されたのは一月ほど前であろうか。頬を紅潮させながら話す千鶴に、心臓が止まるほど驚いたものの嬉しすぎて千鶴が苦しむほどに強く抱きしめたことは記憶に新しい。 「男の子か女の子か分からないですから…」 千鶴は土方が手に持っているものから目を逸らしつつ、恥ずかしそうに呟く。子供用の小さな着物は、千鶴が男装していた時の薄桃色の長着から作られていた。 「そうか。いいことじゃねえか。何で隠したりしたんだよ?」 「だ、だって……産まれるのはまだずっと先なんですよ?」 待ちきれなくて待ちきれなくて。早くこの子に会いたくて仕方ない。そんな千鶴の心情が伝わってきて、土方は口角を緩めた。千鶴もゆっくりと母親の表情になっていくのだ。自分だって父親にならなくては――彼女を支える夫にならなくてはならない。 「千鶴」 「はい……」 そっと抱きながら名前を呼べば、千鶴はまだ恥ずかしそうに萎れた声で返事する。 「ありがとうな。俺も嬉しいぜ」 「え?」 「大事に、してくれんだろうなお前なら。子供もきっと幸せだ」 「歳三さん、」 「俺の昔の長着も使ってくれ。もう古いがまだ使えるだろ?」 「いいんですか?はい……きっと喜ぶと思います」 千鶴がそっとお腹に手を当てて優しい目を細める。土方もそっと頬をゆるめた。愛されて愛されて、誰よりも幸せな子に育つだろう。自分がいなくなっても千鶴を守れるように強い子に育てなくては。 まだまだ先のことを考えて、土方はそっと千鶴を引き寄せた――。 2011/01/05 初恋道化師@陽乃 |