神様は意地悪だと思う。






***

「千鶴ちゃん、お腹空いたな」

そうして、台所にいる千鶴ちゃんの元へ行けば、血色のいいピンク色の唇をぷっくりと膨らまして怒ったような彼女の姿。

「総司さん、何回言えば判るんですか?」

「千鶴ちゃんも総司さんって呼ぶじゃない」

普通、この関係性なら僕をさん呼びする人は少ないだろうに。

「総司さん!」

それでも、大して怖くもない顔で上目使いに睨んでくるから、僕はくすりと笑って折れる。

「判ったから、姉さん」

瞬間、にっこりと微笑む姉さんもとい千鶴ちゃん。
神様は意地悪だ。
別に信じている訳ではないが、どうして僕に前世の記憶を持たせたまま千鶴ちゃんの弟としての生を与えたのか。
両親はいない。
海外出張の父に母がついて行ったため、僕は三つ年上の千鶴ちゃんと事実上の二人暮らしをしている。

「総司さん、もう出来ますからテーブルに行ってて下さい」

最近では、まあこの暮らしもそう悪いものでもない。
数年前までは何故千鶴ちゃんと姉弟なのかと歯痒い思いをしていた時期もあった。
結婚も出来ない、向けられる愛情も違う。
千鶴ちゃんにとっての僕はいつまで経っても、どこまでいっても弟でしかない。
僕は今でも好きなのに、それは凄く不愉快な事だったからだ。

「千鶴ちゃん早くね」

「総司さん!」

でも、やっと違うものの見方が出来るようになった。
例えば、結婚しないでずっと千鶴ちゃんと暮らすとか。
例えば、千鶴ちゃんの血が僕にも流れているとか。
前世で一つになりたがっていた僕達は、ある意味一つになれたのだろう。
そんな前向きに思えるようになった高二の春。

しかしこの数ヶ月後、僕にとって抜群の破壊力を持って事は起きる。




…――――

「総司さん、こちらが私の結婚相手の土方歳三さん、です」

「…………」

なるほど、神様はどこまでも意地悪だ。
僕の義兄に土方さんを寄越すなんて、とんだ嫌がらせ。

「お茶注いできますね」

部屋に僕と土方さんだけを残して、千鶴ちゃんは台所へと消える。対面ソファーに座った僕達の間には微妙な沈黙が広がり居心地が悪い。
気晴らしに見た窓の外は皮肉なまでの晴天。

「おい」

刹那、やはりと僕は思った。

「なんだ、やっぱり土方さんも記憶あるんですね」

「お前もな」

勘だろうか、土方さんの纏う雰囲気は昔と変わらず隙がないのに、千鶴ちゃんにだけは酷く柔らかい。

「まさか千鶴の弟が総司だったとはな」

ふっと頬を緩めながら視線を向けてくる土方さんに苛立ちが募る。
僕だって好きで弟に生まれた訳ではないし、出来るならもう一度夫婦になりたかった。
でも、僕はこの世界では願いを叶えられない。
平穏と秩序を保ったこの世界では詮無き事だろう。

「安心しろ総司、千鶴の事は俺が幸せにする」

だからイラッとする。
その勝ったと言わんばかりの表情や無駄に様になる煙草を吸う仕草、それに千鶴ちゃんを見る優しげで愛おしい眼差しとか、とにかく何もかもが癪に障る。

「千鶴ちゃん!こいつエロい事考えてるよ!」

「総司っ、てめぇ嘘吐くな!」

そうして、ソファーの上で揉み合いを始める僕と土方さん。
殴り合いではなく、互いに口を抑えようと腕を伸ばす。余計な事を言わせないように、あるいは余計な事を言いたいから。
僕達が揉み合い、互いに千鶴ちゃんの名前を連呼して暫く。

「もう仲良しになったんですか?」

お茶を持って至極嬉しそうに千鶴ちゃんは笑った。
どこを見て仲良しなのかは判らないけれど、その幸せそうな顔と言ったら。

「これからは家族ですね」

その幸せそうな顔と言ったら…――無性に、泣きたくなった。
これから土方さんと千鶴ちゃんと兄弟になる僕は不幸だ。
哀れだ。心境は複雑以外の何物でもない。
でも、千鶴ちゃんはまるで花が咲いたように笑うから、僕は何も言えなくなってしまったんだ。

「今日はみんなでお夕飯食べましょうね」

ルンルンとまた台所に消える千鶴ちゃん。
僕は土方さんを見やる。

…――そして

「これからいっぱい離婚するように仕向けたいと思うので宜しくお願いします、土方さん」

「お前は相変わらずだな」

くよくよするのは僕向きじゃない。
僕は意地悪が大好きだ。
こうして、土方さんと千鶴ちゃんを如何にして別れさせるか考えるのは、思いの外楽しいものだったりする。



end




2010.12.23.
軽薄なノスタルジック
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -