闇は嫌いじゃなかった。
月明かりだけ光がないしかない夜は人々の不安を募らせるけれど、僕には相応しい「生きた心地」のする色づいた世界だった。羅刹の身体には、それが酷く痛感するほどに心地好くて、すごくほっとする。嬉しいんだ。この闇が。


「ならあの子の血をもらうのも簡単なんじゃない」


また出て来た。夢と現実の間を行き交う。精神が酷く揺さぶられたり動揺している時は、一瞬の隙だったとしても“こいつ”は現れる。


「だって彼女、羅刹になっちゃったんだよ」
「知ってる」
「僕のせいでね」
「それも知ってる」


平静を保て。でなきゃ、こいつのいいように遊ばれてるだけになる。刀を肩にかけて座り込んだまま話を聞いていると、あいつは愉快そうに僕と同じ菊一文字の刀を抜いた。


「あの子の優しさにつけ込めば一発じゃない?苦しそうなフリとかしとけばあの子は迷いなく自分を傷つけるよ」


知ってる。そんなこと。お前みたいな奴に言われなくても。彼女が僕を助けたい一心でやった事がどれだけ彼女を傷つけてしまったか。だいたい、こいつが僕と同じ扱いをするのが気に入らない。
所詮は夢幻。僕の作り出した悪夢と変わりない夢。覚めるまでは我慢出来るさ。


「いつまで幸せに酔ってるつもりなの」
「…酔う?」
「近藤さんの事を土方さんに聞きたい。彼女の事も守りたい。じゃあ僕の渇きはどこで満たされる?」


渇き。何を言ってるんだこいつは。眉をぴくりと動かしてしまったせいか、あいつは心底待っていたと言わんばかりにその表情を満悦な笑みに変える。


「彼女の前では何も不安になるような事はしたくない?それは僕がそうしたいだけだろ」
「……」
「本当の僕は、今も渇いたまま飢えを満たせず血を欲している。それは誰でも言い訳じゃない」


抜いた刀を僕の首筋に近づけ、あいつは僕と同じ顔で、全く違うような狂った表情を僕に見せつけた。白髪の髪に、闇に煌めく血よりも紅い瞳。ああ、僕はこんな化け物を体内に潜めているのか。
抗えず、逆らえず、助けられず、誰も苦しみを知らずに殺されて行った羅刹の実験体となった隊士達と今僕は同じ立場になっている。血が欲しい。血が欲しい。血が欲しい。心は全てがそう叫び、身体はそれに呼応して身を震わせる。本人の意思を尊重しているんだと言うように。


「千鶴ちゃんの血だけが欲しい。僕には彼女の血しか要らない。それは狂いたくないから」


化け物は自分の得意分野には耳と鼻がよく利く。嘲るように軽く笑うがあいつにそれはきかなかった。


「それが、僕の本当の望みだと?」
「血を与え、苦痛に耐え切れなくなった怖がる千鶴ちゃんを見るのもまた一興かもしれないよ」


苦痛。その言葉を聞いた瞬間、僕はあいつが油断しきっている隙を逃すことなく刀を抜いて、刃先を一気に首めがけて貫いた。
赤が頬に纏わり付く。


「…平気なフリして。親切で言ってやってんのにさ。その余裕いつまで続くんだろうね」
「煩いなぁ…。さっさと消えなよ」


もうすぐ夜明け。千鶴ちゃんが起きる前にこいつを大人しくさせたい。まあ苦痛って言葉にキレたのも事実だけど。


「例えそれが僕の本心だったとしても、千鶴ちゃんを…彼女を傷つけてまで生きながらえる命なら、僕は要らない」


これは矛盾だ。とっくの昔に傷つけている。平穏な世界から抜け出して、僕みたいな人間を好きになったばかりに彼女はやらなくていい異常な事をしてまで僕に尽くしてくれている。
だけど僕にも君の存在が必要になってしまった。傷ついて傷ついてそれでも僕を必要としてくれる君が愛おしくて堪らない。だから守る。ついて来るならば、それが業火の炎だとしても追ってきてくれるならば、僕はこの命賭けて君を守る。過ちは二度と繰り返さない。


「消えなよ。お前の望みはきっと叶わないから」
「…最後まで他人事か」


暗闇があいつを包み、飲み込むように身体に纏わり付く。さっさといなくなれ。僕は羅刹だけど、お前は僕じゃない。


「ばいばい、」




(血の楽園へは誘えない)



「じゃあ、見ててあげるよ。“僕”がどこまで行けるか」





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◎今のサイト名の前はこれが候補だったのですが、ちょっと暗いのと色んなものと被りそうだったのでボツになったものです。しかし気に入ってます。



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