ぐにゃり




目の前に広がる世界は酷く歪んでいた。

コースを分けるラインも、5mラインも、全てが歪んで混ざり合っていた。

けれどいつものプラスチックを通した世界よりも、どういう訳かこちらの方が心地良い。



ぱしゃり



一度水面に顔を出してまた歪んだ世界に沈む。

誰もいない世界は、静かでいて騒がしい。

きっと、今の自分を見たら誰もが驚くだろう。

キャップもゴーグルも付けず、ただただ沈んでいるのだから。

しばらく冷たい世界の中でゆらゆら揺れていたが、酸素も尽きたので、また水面に顔だけ出す。

早朝独特の静まり返った空気。

部活動停止期間なんて、なんて素晴らしいんだろう。

このプールを1人占めでき......



「千鶴?」


「?!.........斎藤先輩。」



私と同じように競泳用水着を着て立ち尽くしていたのは斎藤先輩だった。


シャワーを浴びたのか、髪から滴が落ちている。



「........何故いる?確か部活は停止期間のはずだが。」


「先輩こそ。」


「..........自主練だ。」


「じゃあ私もそういうことにしておいてください。」


そう言って再び歪んだ世界に沈む。

なんて気持ち良いんだろう。

嫌なことも面倒なことも、想いも全部溶けて消える。



ばしゃり



「.........何するんですか。」


ため息混じりに私を引き上げたのは斎藤先輩。


「.......キャップもせずに何をしている。」


「........だってキャップをしたら髪、固定されちゃうんです。」


別世界まで拘束されるなんてまっぴらだ。

第一先輩だってしてないし。


「........全く、他の部員の前でこんなことするな。」


「当たり前です。斎藤先輩こそいいんですか?」



“風紀委員なのに、朝早くからプールに女子と二人っきりなんて”


仕返しのつもりで意地悪っぽく言えば、先輩はニヤリと笑って囁いた。



「こんなことするのは千鶴の前だけだ。」



本当にこの人は。

呆れた顔をして笑えば、先輩はぱしゃりと沈んでしまった。

青みのかかった黒髪が水面越しに散らばるのを見ながら、そっと私は微笑んだ。




私は似た者同士。


綺麗な「仮面」を被った「人間」


みんなが知るのは綺麗な「仮面」


そんな自分に時々嫌気がさして、仮面を捨てて、叫びたくなる。


歪んだ世界での小さな楽しみ。


貴方と過ごす、僅かな時間。




“先輩は、どう思っているんですか?”




沈んだ黒に小さく問うと、私は再び歪みに沈んだ。


end
******

最近ブームの来てる黒はじめくん×黒千鶴ちゃんで水泳部パロ。

「水中遊戯」はサークル名です。

「水中から見た世界は酷く歪で、逆もまた然り、けれどそれはまるで遊戯のよう.......。」みたいな意味があった気がしなくもない←

愛はたっぷり込めましたので、いつもとは違った何かを感じていただければいいかなぁと思ってます。

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