「お兄ちゃんって、呼んでみてよ」
「ど、どうしたの薫?」
「薫じゃなくて、お兄ちゃん」

この世の中はつくづく平和だ。わずか百五十年前に俺が愛しい愛しい千鶴を苦しめようとしていた事なんてすっかりなかったかのように、月日は流れ、俺達は生まれ変わった。喜ぶべきは、また千鶴と双子の兄妹として再会出来た事。それだけでもう、俺は嬉しくて仕方がない。

ある日、頭の中でいきなり訳のわからない映像が物凄い勢いで流れた。その中で俺は女物の着物を着ていたり、変わった洋装をしていたり。千鶴は、怯えた顔で俺を見つめていた。その顔に、酷く胸がざわつく。なに、これ…。知らない知らない知らない俺はこんなの知らない!鬼なんて知らない!羅刹なんて知らない!新選組なんて知らない!俺はただの、―――ただの千鶴の兄だ。そうだ、俺は千鶴の兄なんだ。
知っているはずのない自分の前世。気持ちが悪い。歪みきってしまった千鶴への愛。忘れてしまいたい。当時まだ小学生低学年だった俺の精神には衝撃が強すぎて、ただただ涙を流したんだ。すると千鶴がぎゅうっと俺を抱きしめながら言った「大丈夫だよ、私は薫が大好きだよ」千鶴は前世の記憶などなかったらしいが、その一言で俺がどんなに救われた事か。しがみつくように千鶴を抱きしめながら、今度こそ千鶴を、千鶴の笑顔を、大切にして、守り抜いてやると誓ったんだ。それから、どうか千鶴は前世の事を思い出しませんように――と。

「なんでまた急に…」
「沖田がさ、妹萌えとか言い出したから試してみようかと」
「お、沖田先輩が!?」

沖田の名前を出した途端、顔を真っ赤にして挙動不審になる千鶴。あああああかわいい!沖田先輩って年下が好みなのかな、とか沖田先輩って萌え好みなのかな、とか。…いやちょっと待てよ、もしかしてまた沖田?生まれ変わってもやっぱり沖田!?沖田も千鶴も前世の記憶なんてないはずなのに!

「沖田の事はどうでもいいんだよ。ほら、呼んでみて?」
「かっ、薫おにい…ちゃん?」
「ぶはっ!」

頬をわずかに染めてモジモジしながら上目遣い。核ミサイルも顔負けの破壊力である。味を占めたのかはにかみながら何度もお兄ちゃんと連呼する千鶴に、たまらなくなって思わず抱きしめた。いつか、沖田にこんなかわいい姿を見せるんだろうか。ていうか、百五十年前には見せていたんだろうか。ふざけるなよ沖田、せっかく平和な時代に生まれ変わったんだから俺だって千鶴を堪能したい!

「…ちづる、」
「なぁに?」
「だいすき」
「ふふ、私もだいすき!」

男女の体格差で俺より一回り小さく成長した千鶴は今では俺の腕の中にすっぽり納まって、くすぐったそうに俺の背中に腕を回す。こんな可愛い小動物が腕の中にいて、だらし無く綻ぶ頬を引き締める事なんて出来る男がこの世にいるのだろうか。いや、そんな奴いまい!

千鶴。俺はね、いつだってお前が幸せになる事を祈っているんだよ。黒くて、禍禍しくて、汚い、嫉妬や羨望の気持ちが今でも沸き起こらないわけじゃない。だけど、それ以上に今はお前が愛おしくて仕方がない。沖田に恋をした?はは、またもや沖田は俺達の邪魔をするっていうんだね?上等じゃないか。百五十年前じゃ気に食わなくて仕方がなかった沖田も今じゃすっかり悪友だ。ならいっそ、愛しい妹のために二人の恋路を応援してあげてもいいか、なんて。

雪中花

(沖田先輩にもお兄ちゃんって言ってみようかなぁ)
(やめてよ、それは俺だけの特権)



雪中花、つまり水仙。
花言葉は思い出とか優しい追憶とか
生まれ持った素質、とか。
転生したら前世で意地悪した分薫は千鶴を大切にするといい。
サイト名変えるなら花言葉の素敵な花の名前にしたいなあ。

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