高嶺の花ではないけれど、それに近い。
並の人間は話すことさえうまく出来ないだろう彼らの雰囲気は、周りを魅了する。
そんな彼らは本当に綺麗で、格好いい人達。凛々しいとも見えるけれど、やはり一般的には格好いいのだろう。



***

ざわざわとざわめく周りの声に千鶴は足を止めた。
灼熱に近い熱は燦々と降り注ぎ夏特有の空気が満ちる。
中庭には女子の人集りが真夏の炎天下に負けない位の熱を放出していた。

「………」

そんな中で、千鶴もまた教科書を胸に抱えたまま魅入る。
懐かしい光景だ。
相変わらずの美しい顔立ちはやはり目立ち、集る女子生徒は是非お近づきになりたいと内心を奮起させている。
しかし、千鶴はそう言った理由から彼らを見ているのではない。同じように少し離れた場所から彼らに熱視線を送る女子生徒のように潤いを求めている訳でもない。

「………」

ただ…、そう、ただ懐かしい。
怖いくらいに。
今日の太陽の熱のように。
ただ彼らへと焦がれている。

「………」

高校に入学して早半年。見かける度に、千鶴は彼らに魅せられた。
そもそも彼ら―――土方歳三、沖田総司、斎藤一、原田左之助、藤堂平助の五人は、自身とは何の接点もない。
それこそ前者は先輩であり、部活に入っていない千鶴には関わりさえありはしない人物達。
それでも、入学して数日後、彼らに出会ってしまった。
否、千鶴にとっては再会だ。
彼らにとっては初対面だが、千鶴にはかけがえのない思い出。

全て一方的な感情だ。

それからは彼らを見かける度にこうして立ち止まって魅入る始末。何も望んではいないのに、心の奥底は何かを激しく叫んでいる。

「………」

だからと言ってそれを吐き出すでもなく、ましてや気づいてもらおうとも思っていない千鶴は、数分見つめた後、決まり事のように静かに立ち去るのであった。



***

澄み渡る青空。白い綿飴のような雲はふよふよと自由気ままに流れていく。
そんな空を、千鶴は大の字に寝そべりながら見上げた。
ここは屋上。
時刻は午前十時。
千鶴には珍しくサボってしまった授業は、確か英語。
サボった理由は特にないが、しいて言うなら気分だろうか。
とにかく、優等生もたまには羽目を外したいのだ。
そうして千鶴が来たのが屋上。
授業が終わるまで暫くとある中、蒼穹を見ながら少しだけ眠ろうと目を瞑った所で。

「白パンツ」

「!」

高らかな声が鼓膜に響いた。

「見えてるよ、隠さなきゃ」

「えっ?ええ!?」

ばっと飛び起き、スカートを抑える千鶴。
隠さなきゃと言った人物は指を差しながら綺麗ににこりと笑うが、その人物に千鶴の思考は停止した。
茶色い髪に切れ長の眼、かたどる三日月は薄い唇。

「ぁ…」

「おい総司!」

そうして、千鶴が口を開こうとした所で現れる人物達。
誰も彼も綺麗で見る者を虜にする魅力を持った、当学校の人気者、あるいは王子的存在。

「土方さん」

「自分の荷物くらいてめぇで持ちやがれ!」

「おお、今日は天気いいな」

「左之さんオヤジだな〜」

「平助は子供だな」

「ちょっと一君!」

それはそれは騒がしく現れた彼らに千鶴は呆ける。
内心は錯乱状態だ。
心音は高鳴り、溢れ来る懐かしさに喉の奥が痛み頭痛さえするほど、とにかく酷い感情。
夏の高い空が眩しくてちかちかする。
感覚的には夢現。
つい、手を伸ばし掴みたくなる幻覚は記憶。「あれ、女の子…もしかしてお邪魔だった?」

「あのね平助君、人を節操なしみたいに言わないでよ」

来たらいたんだよ、ねっ、と同意を求められた千鶴だがこくりと一度頷くだけに終わる。
だって、とても気持ちが悪い。頭がガンガンして視界がちかちかと発火する。

「えっと、君は…」

「ぁ…」

名前―――そこで、千鶴は困窮した。
彼らには前世の記憶がない。
神様の悪戯か、過去の記憶は千鶴しか受け継いではこなくて。
それが分かった時、千鶴はまず彼らとの関わりを放棄した。
辛い記憶ばかりなのだ、きっと彼らも思い出したくはないだろう。だから、彼らが思い出さないように千鶴はほんの些細な接触さえ避けてきた。
けれど、千鶴の努力も虚しく。

「ち、づる…?」

「え…」

「ちづる…いや、千鶴、か?」

中空に指で字を書きながら、土方が訪ねてきた。
一体、何だと言うのだろう。
彼らが悲しい記憶を思い出さないよう頑張ってきたと言うのに、土方が名前を思い出してしまった。
話たがために何かが繋がってしまったのだろうか。
迂闊な自分に後悔しながらも、それでも千鶴は…。

「君…泣いてるの?」

身が震えるほどに、どうしようもなく感情が溢れる。
大好きで大好きで・・・あの頃の記憶と共に愛しさが溢れ出しそうで…。
刹那、千鶴は立ち上がると猛スピードで屋上を後にした。
後ろで何事かを叫んだ彼らを無視し、千鶴は階段を駆け下り真っ直ぐに伸びた廊下を走る。
ひたすらに、半ば呼吸困難になりながらも走り続け――…体育館裏についた瞬間、崩れ落ちるように座り込んだ。
もう、息も出来ない。
二度と話せないと思っていた彼らと、また昔のように話せた。
二度と呼ばれないだろうと思っていた名前を、また彼らに呼んで貰えた。
それがこんなにも嬉しくて、切ないなんて。


「っ…」

授業が終わっても、千鶴の涙が枯れる事はなかった。



end




2011.8.3.
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