朝―――私はいつも同じ時刻に起床する。
着替えて、風の気持ちいい廊下に座り、時折聞こえる鳥の囀りや木々の葉音を訊きながら少しの間そこで朝を満喫する。
それは、雨の日でも変わらず、私はここで呆としてから動くのが日課だ。
けれど、そうするといつも決まって彼はやって来る。
「千鶴」
「原田さん!」
おはようございますと挨拶をすれば、彼は片手を挙げて気さくに返事を返してきて。
このやり取りもそろそろ日課と呼ぶべきかもしれない。
―――そして。
「千鶴は今日も可愛いな〜!」
これも日課。
抱き上げられ、膝の上に乗せた私をぎゅぅっと大きくて逞しい二本の腕が絡み付く。
ようは原田さんに私が抱き締められていると言う事なのだが、まるで幼子を可愛がるようにぎゅうぎゅうされると少しいたたまれない。
でも、存外嫌ではない。
むしろ安心する。
けど、やはり恥ずかしさが先に立って私はいつも顔を隠してやり過ごすのだ。
「あいつらには気をつけろよ、ボ〜っとしてると食べられるからな!」
むしろ今は原田さんが一番危険だと私は思う。だって、彼は私の首筋に顔を寄せてくんくんと匂いを嗅ぐのだ。最初は臭いからなのかと思っていたのだが、原田さん曰わく『千鶴の匂いは甘いお菓子』らしい。
その意味も、嗅ぐ行為の理由も私にはまるで判らないけれど、大きな原田さんに包まれているとホッとする。
だから、原田さんが朝稽古に向かうまでの僅かな時間は、いつも二人でくっついて過ごすのだった。
***
「遅くなりました!」
原田さんとの朝を後にした私が次に向かうのは勝手場。最近ではほぼ毎日出入りするそこは最早私の日課とも言えよう。
入れば熱気がむわりと溢れ、私は手でパタパタと仰ぎながら水場で手を洗った。
「すいません、先にやらせてしまって…」
そうして、手拭いで軽く手を拭きながら先に朝ご飯の支度をする斎藤さんに謝る。
「いや、まだ米を炊いただけだ」
「そうなんですか?良かったです」
多いけれど、これも日課。
最近は皆面倒くさがり斎藤さんに朝は任せる事が殆ど。
けれど、斎藤さんのご飯は味付けから盛り付けまで美味しく綺麗だったりして、案外適任なのかもしれない。そうして私が野菜を切る頃、彼はお味噌汁を作る。
二人で作るその姿は、沖田さんに言わせると夫婦のようらしいけれど、それはちょっと斎藤さんに悪いような気がする。
私としては恥ずかしいし――と、会話を思い出し顔を赤く染めながら野菜を切っていると。
「ぃたっ!」
指を切ってしまった。
これも日課とはいかないまでも良くある事だったりするため、あまり驚く事はない。
「千鶴」
「っ!」
私は鬼だから傷なんて直ぐ治るのに、けれど、こういう時は決まって斎藤さんが切った指先を舐めてくれる。
舌が指先の付け根から丁寧に這う感覚はなんとも言えずゾクゾクとして、つい、意に反した声が漏れてしまう事もあって。
それを嬉しそうに、あるいは楽しそうに口角を上げる斎藤さんが少し憎らしい。
「斎藤、さんっ…」
「ああ、味噌汁が沸騰するな」
見ればぐつぐつ沸騰するお味噌汁。早く消さないと辛くなってしまうと微笑む斎藤さんは、次いで私の顔も沸騰しそうだったと笑う。
比喩が上手いなんてどうでもいい事を思いながら、私は熱くなった頬をパタパタ仰いで冷やした。
***
「「いただきま〜す」」
朝食の用意が終わると、次はみんな揃っての朝ご飯。
これは新選組の日課だ。
けれど、私にはもう二つ、ここでの日課がある。
一つはおかずの死守。
永倉さんの隣に座る私は常に気を張らなくてはならない。
まあ、殆どは平助君が標的なのだけれど、たまに火の粉が飛んでくると呆気なくおかずを取られてしまうので気は抜けない。
「………」
そしてもう一つ。
これは最大級の注意と気遣いが必要。間違いなく一番の危険事項であるその人物は―――沖田総司。
彼とは朝、この時間に顔を合わせる。そうすると決まって始まるのは。
「なに千鶴ちゃん、そんなに見つめて、遊んで欲しいの?」
「いえ、お断りします」
少し凝視し過ぎた。
沖田さんには付け込まれる隙を与えてはいけない。
隙を見せたら最後、腕を絡み付かせ引っ付いてきて、雁字搦めにされて身動きがとれなくなってしまう。しかしながら、今日は気にする余り出だしからしてからかわれてしまった。
ともすれば、今日はもう既に失態を犯した事になる。
この先は気をつけなければと、そう意気込んだ矢先にそれは起きた。
「千鶴ちゃん、ご飯粒が唇の端に付いてるよ」
「へ?」
「ほら」
ここ―――そう言って、瞬間移動でもしたのか、いつの間にか私の前に移動してきた沖田さんが私の唇に自身の唇を重ねた。
それは一瞬の出来事。
周りもみんなが反応出来なかったものを、勿論私が反応出来るはずもなく。
「ん〜っ!?」
沖田さんの思うままに、時間を掛け貪られる。
最初は啄むように、次第に角度を変え執拗なまでに。
その内、息苦しさに酸素を取り込もうと薄く開いた唇の間から沖田さんの舌が簡単に入り込み、くちょくちょと淫らな音を響かせて…――その後、沖田さんの気が済むまで口づけは続き、漸く男性にしては些か柔らか過ぎる唇が離れていく。
それも、可愛らしいちゅっという音をたてて。
「ごちそうさま」
「っ!?」
なんて事だ。
朝から濃厚な口付けをされるなんてもうお嫁にいけない。周りを見れば皆も呆然としてるようだ。
それをいい事に沖田さんはるんるんとご飯のおかわりをついでいる。
その後、現実に戻って来た幹部が騒ぎだしたのは言うまでもない。
***
怒涛の朝ご飯が終わると私には沢山の雑務がある。
と言っても、雑務なんて思った事は一度もない。
どれも必要な事であり誰かがやらなければならない事なのだから、ならば何もしていない居候の私がやるのは当たり前の事。
先ずは庭掃除からと、箒を手に意気揚々と繰り出した所で、私はそれに邂逅した。
「食べてもいいんですか?」
「遠慮すんな」
「はい!」
先ずはパクリと一口・・・つやつやでもっちりとした食感はお団子ならでは。
とても美味しい。
土方さんから偶然お茶に誘われたのは私が掃除をしようとしていた時だった。
近藤さんに貰ったらしいお団子を一緒にどうかと問われた私は、箒を投げ捨てる勢いで食べると答えてしまったのだ。
誰に言うわけでもないが、食べ物にあっさり誘われた自分に掃除は後で必ずやるからと心中で弁解して、もう一口お団子をかじる。
「美味しいか?」
「はい!」
感謝の意を込め満面の笑みを浮かべれば、土方さんはポンポンと頭を撫でてくれる。
これもほぼ毎日される事で、私はその土方さんの大きな手が一番好き。
「ふふっ」
つい笑みが漏れる。
その内わしゃわしゃと頭を撫でていた手は頬に移動し、すっぽりと包み込まれる。
この行動は土方さんだからこそ気持ちがいいと感じるのだろう。
ちょっと言い方に問題があるかもしれないけど、撫で方や触り方が優しくてついすり寄って瞳を閉じたくなる、いや、閉じて身を委ねてしまうのだ。
その日溜まりのようにポカポカとする時間が、1日の中で一番気持ちが良かったりして。
けれど、これは恥ずかしいから私だけの内緒。
―――そうして私の1日はゆっくりと流れて終わる。
未だに毎日触られる意味は判らないけれど、嫌ではないからいいか、なんて、最近は皆の温もりに心暖まるのだった。
end+おまけ
「俺だけ触ってねーよ!」
「あれ、平助君も触りたいの?」
「う、うん」
「ならお尻とか触ってこれば」
「なんで尻!?」
「小振りできゅっとしてるから○たくなるよ」
「馬鹿、総司!!!少しは自重しろ!!」
end
2010.8.20.
触れた手に下心あり