『原田先生ぇ〜』


はぁ……またこいつか。

彼女いるって何回も言ってのに、しつこくやって来てはこの甘ったるい喋り方で腕に手を絡めてくるこの学校の生徒。


「…今日は何だよ?」

『先生ってば冷たい〜』

「俺はおまえと違って仕事があるんだから、もう教室戻れ」


シッシッと追い払う感じに手をやると、突然そいつが俺の手を取り、ある一点を凝視する。


『先生、その指輪…』

「ああ、これな。俺、婚約したんだよ」


だから諦めろよな、と暗に言ったのだ。
そしたら『その女、誰!?』なんて恐ろしい形相で言う。女って恐ろしいな。まぁ、あいつは違う意味で恐ろしいが。

『誰よ!?』としつこく言うもんだから、「おまえには関係ないだろ」と冷たく言うと、泣きながら走って行った。


「はぁ……」


やっと諦めてくれたかと思うと、一気に脱力感に襲われてソファーに寝転がる。
あとの授業はないし、少し寝るか、と目を閉じた。






ワァー、とグランドから聞こえてくる運動部の声に目が覚める。


「ふぁ〜、もうそんな時間かよ」


軽く二時間は寝てたのか。
起き上がろうと手をついたとき、自分の腹の上に重みを感じる。
見ると無防備に俺の腹に頭を乗せ、寝ている千鶴。


「千鶴」

「んぅ……あ、…おはようございます」

「おはよう。まぁそんな時間じゃないけどな」


起き上がって自分の隣に座るように促すと、ちょこんと座る千鶴。


「で、どうした?」


いつも俺が呼んだら来る千鶴が、自分から来るなんて珍しい。
何かあったのだろう。
何かあったら直ぐに言ってくるよう、千鶴に言ってあるから。って言っても、千鶴が言ってくるのは、大抵総司か平助絡みだが。

でも今日は何故か言いづらそうにしている。


「総司に何かされたのか?」って聞くが、首を横に振る。「じゃあ平助に菓子でも食われたとかか?」って聞いても首を横に振る。


「じゃあ何だ、誰かに何かされたのか?」

「違うんです!えっと、その……」

「ん?」


癖のように千鶴の頭を撫でてやると、何故か目に涙を溜めて泣きそうになっている。


「どうした?」

「…先生、……婚約したって本当ですか…?」


…あいつ、言い触らしやがったな。


「千鶴、あれは……」

「婚約したのなら、ちゃんと言って下さい。私…すっぱり諦めますから」

「まぁ最後まで聞けって」


前の時間にあった事の成り行きを説明する。


「じゃああれは嘘なんですか?」

「ああ。俺は千鶴としか婚約しないからな」

「えっ…」


本当は千鶴がこの春に卒業してから、この事を言うつもりだったが……
ほんの少し、言うのが早くなっただけか。


「なあ、千鶴。卒業したら俺と婚約してくれないか?」

「私でいいのですか…?」

「千鶴がいいんだよ。だからここは空けとけよ」

「んっ…」


チュッ、とリップ音を立てて吸った所には赤い印。


「俺の隣は、これから先もずっと千鶴だけだ」










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