こうするしかないんだよ!!




 俺の声は飛鳥に届かなくって、


 葵爽の首には日本刀の刃が迫ってて、


 俺は咄嗟に目を逸らした。




 葵爽、逃げて……


「葵爽!!!逃げて!!!!」




 思わず視線を戻す。そこには、絶対にいてほしくなかった人がいた。目を見開きこちらを凝視している。
 恋さん、何でこんなところにいるんですか。




「もーらいっ」



 飛鳥の声と刀が風を斬る音と、刃の交える音が同時に聞こえた。恋さんが葵爽の前に立ち、刀のさやで飛鳥の刃を受け止めていた。ギリギリと何かが削れている。



 風が俺の長い前髪を揺らした。



「……なんで、」



「なんでこんなこと……」





 恋さんが僅かに顔を歪ませた。飛鳥はきっと、背中で見えないけれど、本気の顔をしているんだろう。さっき一瞬見せた、あの顔。



「”なんで?”恋、そんなことは考えない方がいいよ」

「あたしも驚いてるよ。まさか二人が敵側なんて……」




 飛鳥は力を弱めると右手に刀を持ちかえ、恋さんの脇腹へそれを滑り込ませた。恋さんは危なっかしく刀を避け、2、3歩後ずさる。しかしすぐに間合いを詰められていた。




「でもこうするしかない。何がなんだか解らないけど、こうするしかないんだよ!!」




 飛鳥の手が休まることは無かった。乱雑に得物を振り回して、避け続ける恋さんに刃を当てようと暴れる。
 不意に恋さんがバランスを崩して、その左肩を刃がかすめた。みるみるシャツに血が滲んでいく。



「……痛ぇなぁ」

 恋さんが小さく呟いた。さっきよりも目が据わっている。
 しかし、彼女が自分の刀を抜くことは無かった。怖気づいている訳でもなく、ただ避け続けるだけを繰り返していた。






 俺はただ呆然と見ていた。


 二人を視界の中心に入れ、その光景を見つめていた。




 故に、葵爽が飛鳥の後ろにまわりこんでいたことに気付いたのは、事の起こった後。棒状の金属が飛鳥の右脚のすねに叩きつけられた後だった。




「……あ」

 吊るしていた糸が切れたように、少女の身体が崩れ落ちた。手から離れた日本刀が数メートル離れた場所に刺さる。
 飛鳥は苦しそうにうめきながら、立ちあがろうとするも、上手くいかず再度倒れた。

 それを見て俺は、走りだしていた。考えるより先に、足が地面を蹴っていた。




「見逃してください!!」

 葵爽と恋さんは俺に気付き、少し身構える。
 俺は息を整えながら、二人に言った。



「今回のところは、どうか……お互い怪我もしてますし………だから、」



「お願いします……」





「…………」




 二人は何も言わなかった。



 俺もそれから口を開くことはなく、黙って気を失った飛鳥を背負い、足早にその場を去った。今にも心臓が喉から飛び出してきそうで、真っすぐ歩くことさえ難しい。








 森の奥から女の子の声が聞こえる。この声は多分、朱璃。それと乃愛もいる。
 よかった、みんな無事そうじゃん。ここからならそう遠くはないよな。




 飛鳥の脚の骨が砕ける音を、脳が鮮明に記憶していた。




by asterisk

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