何か素敵なことはないだろうか。例えば王子様が白馬に乗って現れるとか、人魚姫みたいなロマンスと夢が溢れたような話でなくても、普通の生活にスパイスを加えてくれるような存在に出会いたい。最近肩のところで切りそろえた自分の髪を弄びつつ、ローファーのヒールをコンクリートに引っ掛けた。プラットホームにぽつりぽつりとしか人は見えない。いつものように定期をピッとかざして改札口を出た。

「あの、すみません。これあなたのですよね?」

とんとん、と肩を叩かれて聞き覚えのない声を聞いた。あまりに突然のことで、しかも気が付かないうちに背後に立たれていたので、びっくりしてしまって、暫く口を魚のようにぱくぱくさせた。

「え、あ……はい、私の、ですけど」
「駅の改札の前に落ちてたんです。丁度写真が一緒に入っていたんで早く渡した方がいいと思って探してたんです」
「わ、わざわざありがとうございます」
「いえ、というかあなた俺より年上ですよ」

生徒手帳を指して言う彼は、じゃあ俺に敬語つかう必要ないです、と苦笑いして言う。ぱちぱちと目を瞬かせる。私よりすこし高い身長に耳に優しいテノールの声、大人びた雰囲気から同年代か年上だとばかり思っていたのに、制服を見て気が付いた。深い緑の軍隊の様なデザインはあの有名な帝国学園のものだった。

「ああ、君中学生だったんですね」
「ええ、まあ。高校二年生が三つも年下相手に敬語つかうなんて変です、というか俺がむず痒いです」
「そうで……、そうね、名前聞いてもいい?」
「源田幸次郎です」

幸次郎くん、心の中で復唱して、何だか少し前に聞いたような名前だと思った。それにしても最近の中学生というのは成長が早いな。我が弟を思い出して、いや、どうだかと突っ込む。弟は未だに私にじゃれついてくるし、やけに独占欲強いし、姉の私が言うのも変な話だが、男性というよりもまだ可愛い男の子だ。中学二年生はまだまだ子供にカテゴライズされるのだろうか?うーん、難しいところだ。でも、目の前のこの男の子は、ちょっと格好いいとか思ってみたりした。私ってもしかして年下が好みだったのか。

「そうだ、幸次郎くん。私お礼してないし、暇とかあったりする?」
「あー…今はちょっと待たせている奴がいるんで」
「そうなの、残念」

にかっと歯を見せて、済まなさそうに、爽やかさを前面に押し出した笑顔は、大人びていたと思っていた彼を年相応に見せた。すると何故か私の胸の辺りで、とく、と緩やかに鼓動が存在を主張した。

「あのっ!」

このまま別れの挨拶でも切り出すかと思いきや、少し大きめの声と共に、がしりと手を包まれた。幸次郎くんの手は大きくて、弟の幼なじみの、元気の良い少年の手を思い出した。(彼は確か、サッカー部でゴールキーパーをしていただろうか)

「お礼の代わりに、メアド!交換して、ください……」

語尾が少しずつ小さくなっていく幸次郎くんに、ふっと吹き出してしまった。

「もちろん、こちらこそお願いしたいわ」
「ありがとうございます!」
「いつでも暇してるからね」

こつん、と携帯の背中をあわせて赤外線通信をすると、携帯の画面にゲージが表示されて、ちょっとずつ満たされていった。そして、それが満タンになると、源田幸次郎、という名前が表示されて自動的にアドレス帳に登録された。

「……あっ」
「え?」
「もしかして、幸次郎くんって、有名人?サッカーで」
「えっ、いや、……多分そうかも、です」
「あー……なるほど、そうかそうか」

目が点状態の幸次郎くんに、ごめんね、何でもないよと謝っておいた。
フルネームを漢字でみて、最初に名前を聞いたときの違和感がやっとわかった。この子、弟の買ってるサッカー雑誌でインタビュー受けてた子だった。確かポジションはGK。そして守君に手が似てたのは、そのせいかと一人で納得。さっき捕まれたときにちょっとどきどきしたとか言うのは内緒である。

とりあえず、いつでも気を遣わずにメールしてね、と付け加えて笑うと、幸次郎くんはニコリと笑った。……何度も言うようだけど、やっぱりこの子格好いい。

「それじゃあ、そろそろ待たせてる子にも悪いし」
「はい、生徒手帳気をつけてくださいね」
「うん、ありがとう」

そして今度こそ別れの挨拶を交わして、私は駅を後にした。素敵な王子様、何てやっぱり柄じゃないし、私に釣り合ったもんじゃないけど、これから何か起こりそうなそんな気がした。ああ、早く家に帰って一郎太にも今日あった人のことを話してやろう。もしかしたら知り合いかもしれない。

「ま、そんなはずないか……」

そんな偶然があるはずはないけれども、肩で跳ねる水色の髪が軽くて気持ちよかった。


(おい、源田遅いぞ。で、風丸のお姉さん見つかったのか?)
(ああ!メアド交換して貰った!良いだろう佐久間!)
(そうかよかったな、別に羨ましくねえけど)
(それで何か俺のこと知ってたみたいだったぞ!)
(はいはいうれしいのはわかったから落ち着け)

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