「雪降らねぇかな」

口に出してみてから、自分で何を言っているのか分からなかったけど、一秒としないうちに、「いくら異常気象勃発しちゃってる世の中でも、こんな暑い中雪が降ったりするわけが無いでしょう」と目の前の彼女が呆れたように言うものだから、うまい切り返しを見つけるでもなく、閉口する他なかった。入院生活は単調すぎるから刺激がほしかっただけだよ、と今さら言い訳を見つけたけれど、昨日見たテレビに映った仲間たちを思い出して、単調、なんて言葉を口に出すのが億劫になった。変化が無いのは俺だけなのか。ふわふわ目線を泳がせていると、白い空間を四角く切り取ったような窓から、外の景色が浮いて見えた。ジージーと短い生涯を文字通り懸命に謳歌している蝉は必死に婚活中。そんな姿をぼうっと見つめた。むかむかする、なんて言葉では言い表わせない、曖昧で分かりにくい異物感。いや、もしかすると水の中で溺れた時の感覚に似ているのかも。酸素が足りない。思考が働かない。あれは意識してそうなるものじゃないけど、そう付け加えて笑う。ぶくぶく。

「何わらってるの?」

タイミング悪い。心の中で毒づく。

「気にするなよ」
「気になるわよ」
「すげー下らないけど」
「どうぞ言ってごらんなさいよ」
「蝉が、人間に愛を語ったところでどうなるんだろうな、なんて思ってみた」
「案外ロマンチストね、何かの喩え?」
「さあな、なまえはどう思う?」
「無理でしょう、普通に」
「そっか」
「半田はきっと蝉みたいな恋をするのね」

と笑っていったなまえ。ふーん、と応えた俺。意味が分からないことをいう彼女は珍しかった。言葉に意味はなくて、会話の間を持たせるためだとはわかっていても、彼女は現実主義で、ファンタジーとか、もしもの話が嫌いだと思っていたから、驚きで背中と手のひらにじわりと冷や汗が浮かんだ。俺は入院患者が着るような簡易すぎて無駄のない服ではなくて、自宅から持ってきたパジャマを着ていた。個室ではなかったけれども、丁度今同室になった奴らはリハビリに励んでいるので、今は個室と変わり無かった。ムードなんて欠けらもない今だったら、言っても笑い話ですませてくれるだろうか。

「多分好きなんだよな」
「そんなに蝉が好きなの?」
「うん、愛しちゃってる」
「どうして?」
「期間限定でもすぐ傍にいてくれるじゃん」
「まあ夏の間はどこかしこにいるからね」
「すぐに居なくなるけどな」
「来年会えるわよ」
「…来年は居ないんだよ」
「え?何か言った」

別に何でもない、と言ってみたら拗ねたような口調になってしまって、乾いた唇を舐めて誤魔化した。喧しい鳴き声が雌に対する愛の囁きやプロポーズだったとしても、俺の頭はその声を雑音としてしか捉えられない。それだけのことなんだろうけど、自分の情けなさと報われない現実が何故か急に悲しく感じた。



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