※年齢操作あり




私は人付き合いの幅は特別狭いわけでもないので、狭く深くというよりは広く浅く人間関係を築いているつもりでいた。道端で会えば挨拶する程度の知り合いはたくさんいたし、そこに特に深い感情を抱いている人間はほとんどいない。逆に懐に入れた人間には甘過ぎるくらいだという自覚もあった。
その甘やかしている人間のうちで一等可愛がっていると思うのは、年が一つ下で中学三年生の半田真一、通称真ちゃんという所謂幼なじみの男の子だ。まだ男の子という呼び方がしっくりする、精神的にも体格的にも成長しきっていない思春期男子と言うのは、なかなかからかい甲斐がある。


早くしろよ、肘の辺りの服の生地を軽く引いて、無言で訴えながら俯くこの子の可愛さといったら無い。分かっていてなぜそうしないのか何て、本当に些細な理由だ。子供らしい独占欲。可愛らしいじゃないか。

「なぁに、真ちゃん?」
「いや別に良いんだけど……」
「そう?あ、そうだ松野君今日テストの範囲写メってたでしょ?あれ夜送ってくれない?」
「ん?あぁいいよ。でも今度何か奢ってよね」
「えー、まあジュースくらいならね」
「ふふん、それで妥協してあげる僕って優しいよね」

道端でばったりあったクラスメイトと世間話をしていて、偶然その時に帰る方向が一緒の真ちゃんが横にいた。
大人気ないということは重々承知していたし、サッカー部の先輩後輩という関係で真ちゃんとも顔見知りである松野君も、多分私が楽しんでいるのをわかっていて私と話を長引かせているんだと思う。

「松野君って性格悪いって言われない?」
「僕って性格悪い?ねぇ半田」
「松野先輩が性格良かったら世界中の人がいい人ですよ」
「何言ってるのさ、こんなに可愛い猫耳ニット帽かぶった僕が性格悪かったら世界中の人が凶悪犯だよ」
「猫耳ニット帽関係ないよ」

ぱちん、ウインクをして可愛さをアピールしたつもりらしい彼は、仕草自体は可愛いのにやっている本人に愛想がないので鳥肌ものであった。そんなことを考えていると松野君は何かを感じ取ったらしく私の髪をぐしゃぐしゃと掻き回した。
恨みがましい目で睨み返すと、何か?と得意な顔をされていらっときたので、耳の横に下がっている編み紐を引っ張ってやった。身長差もほとんどないから、私は松野君のニット帽鼻の下まで引き伸ばすことに難なく成功した。
私と松野君は笑顔だ。若干額に青筋が見えるかもしれないが、笑顔に変わりはない。腹の中では何を言っているのか一度かっさばいてやりたい。
そんなことが頭を過ったとき、ふと私は真ちゃんが私の服を掴む手の力を緩めたのに気付いた。
松野からふいと顔を背けて、ぶらぶらと宙に浮いて手持ち無沙汰になった手のひらは、真ちゃんの長めの横髪を梳くということで収まったが、真ちゃんは何か言いたげに口をつぐんだままだった。

そろそろ苛めすぎただろうか。これ以上真ちゃんを放っておくのはあまり得策でない気がした。松野君にさり気なくアイコンタクトを送ってみた。

“ちょっと苛めすぎたわ”
“はいはい”

言葉に表すならこんな感じの会話だろうか。特別仲がいいわけではないが、不思議と通じてしまうところがある私達は、似ているといわれたら似ているのだろう。どこがと言われて思い付くのは一つしかない。私はきっと松野君以上に性格が悪い。




見た目どおり軽い足取りの松野君の後ろ姿を見送って、さて私たちも帰ろうかと踵を返して、歩き始め

「真ちゃん?」
「…………。」
「ねぇ、帰らないの?」
「かえ、るけど」

られなかった。
はしっ、と服の裾を捕まれたまま、私は固まった。あぁ確かに私が悪かった。真ちゃんのことは全部わかっているつもりで、嫉妬擬いのことをさせたのは私だ。うん、お姉さん真ちゃんがいるのに構ってあげなかったもの。

「もう、何でそんな顔するの」
「………なまえあの人と付き合ってんの?」

思わず頷いてしまいそうになった私は、懲りない自分自身に苦笑した。すると真ちゃんの不安そうな顔は泣く一歩手前の顔に変化した。私は慌てて否定した。真ちゃんはもう公衆の場で泣き喚くような年ではないことは分かっているのに、そんな顔をされると私は心臓を握り潰されたような気持ちになるのだ。私はこの子にはほとほと弱い。

「ああ、違う、違うよ。松野君はただのクラスメイト。あんな性格悪い人と付き合えないわ」
「本当か?」
「うん、だって真ちゃんの方がまだ全然可愛いもの」
「っ、かわいいとか、いうなよ……!」

ついっとそっぽを向いて吐き捨てる言った真ちゃんに少し淋しさを覚えた。もしかして親離れ……いや姉離れかな?うーん、複雑。

「俺だって男だし、……好きな人には格好よく思われたいんだよ」

最後だけかなり小さな声でぼそりと呟いたが、夕暮れ時の住宅地はしんと静まっていて、私の耳はしっかりとその声を拾っていた。顔はうつむいて見えないが、後ろから見える耳は真っ赤であった。

「真ちゃん、それは」
「言わなくても察してくれよ」

服の裾を捕まれていたはずなのに、いつの間にかその手は私の手を握っていた。……この子はどこでそんなテクニックを覚えてきたのだろう。

「そうね、気付いてはいたのよ。ずっと前から」
「えっ」
「でもね、待ってたんだよ」

ばっと顔を上げた真ちゃんは目を見開いていた。いや、真ちゃんが中学生に上がった辺り?それくらいから熱情的な目で見つめられていたらお姉さんも流石に気付くわ。

「真ちゃんから口説いてくれるまで、私は何にも言わないって決めてたの」

だから、ほら。今日みたいに妬かせてみたのははじめてじゃないでしょ。

そういうと真ちゃんは小さく声を洩らした。心あたるところがあったらしい。私はにこにこと笑って繋がれたままの手を持ち上げた。気付けば真ちゃんの方が少しだけ目線が高い。

「私は嬉しいよ、真ちゃん」

そういうと真ちゃんは、うー、だのあー、だのよくわからない声を上げて暫く考え込んだあと、私と視線を交えた。

「っ……好きだよ。なまえ」

照れながらも真っすぐに見つめて告白。うん、これにときめかない子なんていないわ、満点合格。

「私も大好き」

私は少し背伸びして頭を撫でると、逆に真ちゃんから撫でられた。


ああ、何ていうか。胸キュンってこういう事なのかと実感した瞬間だった。



自惚れて結構


prev | next




人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -