不動明王は人気がある。これはわざわざ言明することでもないのだが、いつどんなときでも彼の周りから人が絶えたことがない。
ただ、それが友人といえるのかは、彼の近くで見ているわけではないので、私には断定できない。
ただ、傍目からはどうも友人というよりも、下っぱとか取り巻きとかいった言葉が似合う、薄っぺらな関係にも見える。
男子にも彼にまとわりつくものは沢山いたが、その三倍はいたと思われる女子達は恐怖の対象だった。
どうしてあんなに据わった目を高々中学生ができるものだろう。
不動は適当に流して相手にしていなかったが、それはお互いに牽制しあっている女子達の水面下の戦いに、巻き込まれたくないが故なのだろうか。
いつだったか、教室の机で肘を付いている不動が、周りできゃあきゃあ騒ぐ女子達に、こっそりため息をつく姿を目撃したことがある。
何であんなに近くで不動を見ているのに、気が付かないのだろうか。


不動明王の人気は、以前開催されたFFIで優勝した日本代表として戦い、今現在は帝国学園のサッカー部に属しているためだけではなく、その整った容姿にもある。
髪型はなかなか奇抜ではあるが、似合ってるから何もいえない。
切れ長の目は長い睫毛に縁取られていて、少し影の差した眸が魅力的なんだと知り合いが熱弁していた。
確かに綺麗な顔立ちしているが、教室で佐久間や源田たちと話しながら、毒を吐く姿の方が彼には似合う。
愛想笑いも大変そうだ。
今日も今日とて取り巻きに囲まれている不動に、そんな感想を抱いていた私だったが、気が付くと女子達を掻き分けて彼の前に立っていた。

「……少しいいでしょうか?」
「なぁに?委員長、不動くんに何か用でもあるの?」

不動に話し掛けたはずが、隣にいた女子から返事が返ってきた。
暗に用がないならさっさと失せろよ、と目が語っている。
一瞥だけやってスルーして、不動に向き直る。

「はっきり言ったらどうでしょうか」
「は?」
「だから、周りでうろちょろされて鬱陶しいならはっきり言えばいいじゃないですか、って言ってるんです」

厚かましい?まあ否定はしないけど、一応私は真面目な委員長をしているわけで、困っている生徒をそれとなく助けてみようという……これ以上はくさすぎて恥ずかしいので、やめた。
周りにいる女子たちは、鬱陶しいというのが誰を指しているか、気付かないほどバカではなかったらしく、はぁ!?とさっき迄の可愛らしい様子を引っ込め、凄んでくる。

「委員長、それは不動くんが私たちを邪魔だと思ってるとでもいいたいの?」

何だか面倒臭いことになってしまった。
猫被りがばれないうちに逃げ出したいが、不動は女子から向けられる同調を求める眼差しにたじたじになっている。

「……そう聞こえませんでした?」
「っ!」

とりあえず、この場を逃げ出したい一心で「いいたいのはそれだけです」と言って、背を向けようとしたら、誰かに手を捕まれた。

「何ですか?」
「お前、ちょっと来いよ」
「………」

誰かなんて、振り向かなくてもわかった。



▲▽



ガチャガチャと何時ドアノブを回すと錠の落ちる音がして、一気に風が吹き込んだ。

「何か用ですか?不動くん?」
「お前、その話し方気持ち悪いから敬語とれよ」
「失礼ですね、これが素ですよ」

肩を竦めてみせたら、チッと舌打ちが聞こえた。
更に機嫌悪くなってるし、意味が分からない。
ついでに言うと猫かぶりってばれてるのも何故かわからない。

「……で、何がしたいの」
「普通に喋んのかよ、まあいいけどな。とりあえずここにいろよ」

お前が敬語とれっていったんだろうが。
一々突っかかるような物言いに、喉まででかかった言葉を唾と一緒に飲み込んだ。

「もうすぐ昼休み終わるんだけど」
「成績優秀な委員長様が一時間サボった所で、教師も別に何も怪しんだりしねえだろ」
「まあ、それくらいは許されるくらい真面目にはしてるつもりだけど?」

それならいいじゃねえか、呟いて不動はフェンスに体を預けた。
何なんだろう、こんな所にわざわざ連れてきておいて、自分は完璧にサボるに入る体勢にいるっていう。
別に無視されるわけでもなく、ぽつぽつととぎれとぎれの言葉はかけられるので、もしかして話し相手にさせられるのか。
どうしようか、声には出さずに呟く。
ずっと突っ立て居るわけにもいかないので、適当に不動と間隔を置いて、私もフェンスに寄りかかる。
今更教室に戻った所で、残してきた女子達に託けたことを言われそうなので、その選択肢は無し。
だからといって保健室にいくにも、少しくらい微熱がなければベッドを貸してはくれないだろう。

「あー、授業出席も皆勤狙ってたのに」
「はいはい、スミマセンでした」

態とらしく嫌味を言ってみてもさらりと流された私の選ぶ選択肢は、屋上で不動の話し相手をしながら過ごすというものだった。

「あ、そういやお前、いつも弁当だよな」
「ん?……ああ、そう言えばそうね。そういう不動はいつもパンよね」
「良く見てんな」
「それはこっちの台詞よ」
「あれお前がつくってんの?」
「何か文句あんの?」
「いーや別に、ただ委員長口悪かったんだなーと思っただけさ」

にやにやしながら視線を向けてくる不動に、一発くらいなら殴っても良いだろうかと一瞬逡巡した。
一度も話したことはなかったけども、お互い存在くらいは認識していたらしい。

でも、クラスの女子から目を付けられただろうし、気まぐれで人助けなんかするんじゃなかった。
原因は純粋な好奇心と、少しの同情。
そこにごたごたしたことに巻き込まれないだろうという絶対的な自信は、これっぽっちもなかったのだけども、もう少し考えて行動すれば良かった。
後悔は先に立たないなんて、先人の言葉を思い出して苦く笑った。
暫くスカートの裾を弄りながら不動が何か切り出すのを待っていたが、お互い声をかけることもなく、沈黙がその場に横たわった。

「みょうじ、お前明日から弁当つくってこいよ」

勿論俺の分な。
付け加えられた言葉の意味を理解するのに暫く時間が掛かった。
あまりに唐突すぎて反抗しようとしたけれども、反応が遅れたせいで断るタイミングを逃した。

「……どうせ弁当なんて一人分も二人分も変わらないんだけどね」
「ハッ、期待してんぜなまえいんちょー」

爽やかさとはかけ離れた笑みだったが、何故かその表情に何も言えなくなった。
高圧的ともとれる言葉に、もともと断らせる気なんて無かったのだろうと、胸中毒づく。
暫く彼が私に飽きるまで、私もここに通い詰めることになりそうだ。

(はあ、なんで私はこんな事になってんだか)

じとりと睨むと、意図せずとも言いたいことは伝わったようで、鼻を鳴らしてこういった。

「俺、お前のことが気に入ったんだよ」

私がため息をついたのと同時に、五時間目の始まりを告げるチャイムの音が聞こえた。




暴君警報





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