※ちょっと注意



いつも思ってたことがあるんだけど。


部屋の隅っこで少し型の古い空調がごうごう唸りながら、冷たい風を生産していた。カーペットに座ってぱらぱらと雑誌を捲る風丸から投げられた言葉に、私は生返事を返しながらごろごろとカウチソファの上で寛いでいた。

「なまえってさ、おいしそうだよな」
「………それはカニバリズム的な意味でデスか?」
「さあな」

一寸おいて、口をもぐもぐさせながらも答えると、イントネーションがおかしくなったようだった。
ぱちぱち、まばたきをしている間にひっくり返る視界と、逆流し始める血液。マイダーリンことイタリア生まれのソファーからごろんと転がり落ちた。フワフワした感触から、カーペットが敷かれているとはいえ、硬質な床に叩きつけられた私の口からは、悲鳴に近いうめき声がこんにちはしました。やめてほしいよね、暴力いくない。ダメ絶対。
そうして、白み始めた脳内回路をたたき起こして、無理やり残業を強制する。実際のところ、私は意識を手放して、何がなんだか分からない現実から逃亡したい。

「やめてください、風丸氏何してるんですか」
「いやちょっとした好奇心?」
「どういう訳かわかんないけど上からどいてよ。首しまってるから」
「ああ、ごめんな」
「だからどいてってば」

ばたばた手足を動かしてみても、彼は痛がるどころか笑みを深くした。なんなんですか、実は君はエムだったのですか、マゾヒストだったのですね。でもごめんなさい、私はノーマルな嗜好しか持ち合わせていないので、君の期待には応えられないから、今すぐにでも私の上から退きなさい。

「い、ったたった!ちょ!風丸!噛むな!は」
「なんでだ?」
「なんでじゃないの!った…!」

私も流石に危機感を覚えた。いや、貞操とかそういうのではなく、リアルに生命の危機に瀕している。人間の急所、しかもその気になれば退化した筈の人間ですら食い千切ることのできる場所に、戯れ(であると思いたい)とはいえその牙が宛行われているのだ。
だって私もライオンとか虎なら未だしも、人間に食われるなんて体験は初めてである。対処方法なんて知るはずもないし、どうどう、と宥めたところでどうにもりそうにもないのだった。
泰然に悠然として構える風丸に私はもうどうしていいのか分からない。笑えば良いと思うよ?そうかい笑えない冗談だ。

「あ、」
「え……何なの」
「………ま、後でいいか」
「ちょっと、何が私の身に起きてるの」

不機嫌な猫に似た無言の圧力とともに降ってくる口付けに鉄の味をうっすらと感じて、眉間にしわを寄せた。じわりと首に浮かんだ冷や汗が、空調機から流れてきた冷気を含んで一層寒気が増した。

「変な味……」
「ああ、血の味だな」
「やっぱり」
「美味しかったけどな」
「おーい、戻ってこい風丸。お前は人間だろうが」

ヴァンパイアだったとか今更すぎるカミングアウトは聴きたくないからね。
そんな意味を読み取って欲しかったけれど、変なところ天然な思考回路持っている風丸は、首を傾げた。

「俺はいつでも人間だろ?」
「ふらっとスイッチはいるから怖いんです」

よいしょ、と風丸が体を起こし、私は晴れて自由の身となったので、拘束されていた手を恐る恐る首に持っていくと、ぺちゃっという嫌な音が鼓膜を揺らした。おいおい、血がでてるのは未だに口に残る鉄の味からわかっていたけれども、これは結構酷いんじゃないのかい?
頸動脈ではないだろうけど、毛細血管何本破壊してくれたのだろう。そこで初めて首を伝う汗が汗でないことに気付いた。

「風丸」
「……はい」
「何かいうことは」
「悪戯が過ぎました」

血糊のべったりついた手のひらを見つめながら、カーペットの上で寝転がったまま問う。風丸にはあまり悪怯れた様子がなかった。反省というより寧ろ愉快という感情を顔に張りつけているようだった。何せ私の赤で塗れた手を取って、ぱくりと口に含んでしまったくらいだ。そろそろ私も恋人が変態であることを認めたほうが良いのかもしれない。

「何でこんな奴好きになったんだろう」
「知らないけど、俺はなまえ好きだよ」
「……洗脳、か」

目の前にいる人物よりもライオンや虎なんかがきっとまだ可愛らしいに違いない。はまれたままの指と同じように、脳がふやけていった。
私はきっとこの先風丸から何をされたって許してしまうんだろう。





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