面倒くさがり。私を一言で表すのならその言葉がピッタリだった。


「遊びに行こうよ」
「ごめん、今日は無理」
だって雨降ってるよ、寒いじゃん。風邪引いたりしたら嫌だし。

「外食行かない?」
「家にあるの食べてるから、行ってきていいよ」
いま怠いんだよね、もうすこし元気だったらいけたんだけど。


大体こんな感じで会話がとぎれてしまう。暖簾に腕押しをしているようで、相手が疲れてしまうらしいのだ。
本当のことを言うと私はただ他人よりも疲れを感じるのが早い体質で、面倒くさがりと言うよりも体力がない平成生まれ代表選抜選手なのだ。ちょっと走るとすぐ息切れするし。一日のうち3時間以上強い日光に当たっていると自動的に意識がブラックアウト。夜の十時就寝、朝の六時半起床という小学生なみの健康生活サイクルを送っていても、この体質が変わらないのだから私は諦めた。投げやりで面倒くさがりなこの性格も、日常生活に障害がでないようにと体力を極限にまで使わない生活から派生したおまけのようなものなのだ。
そんな欠陥だらけの私にも誇れるものが一つある。それは私には齢一四にして通い妻がいるということだ。
……通い妻、というのには少し、というかかなり語弊があるのだが、文句なら既に幼なじみの定義をぶち壊してくれた幼なじみ本人に言ってほしい。毎日私の目覚まし係、兼ねては家まで送り届ける係、ついでに学校生活でも支障があるからいけないと言って甲斐甲斐しくも世話を焼いてくれる。物心着く前から時間を伴にしてきたから、今更お互いの部屋を行き来するのに了承なんていらない。私が自室で着替えをしている時に、タイミング悪くその幼なじみが入ってきた時なんて、謝罪よりも先に「お前なんて恰好してるんだよ!風邪引いたらどうするんだ!」と叱咤が飛んできた。私は少しくらい狼狽えてくれるのではないかと、意味のない期待をしてみたりしていたから、心配してもらって嬉しいのと、幼なじみに思春期がちゃんと到来しているのかと心配な気持ちが交錯した。因みにその割合は三対七である。
今の話から何となく感付いただろうが、その幼なじみは実は男だ。通い妻ではなく通い夫だった。言葉を改めたところで、意味に差異はない。

とりあえず、ダメ人間を極めてしまった私に主張する権利などあるはずはないが、心の中だけで小さく意思表示してみようと思う。


私は幼なじみ兼通い夫、改めて半田真一が好きだ。


「なまえ?どうした、気分悪いのか?」
「いいや、今日は平気」

兄弟愛や家族愛の延長線にあるものだということは否定のしようがない。だけども、手を繋がれたら心臓が煩くなるし、着替えをみられたのだって下着よりも赤く染まった顔を思わず隠してしまって、自分自身戸惑ってしまった。異性に対する好意を抱いているということも、ほんの少し前に自覚した。十年近く考えて、何度も自問自答した結果なので確実だ。

「そっか、体調悪くなったらすぐ言えよ。ベンチとかで休むし」
「……ありがと真一」
「いえいえ、どういたしまして」
「なあ真一」
「ん?何?」

私の横を歩く真一のシャツを引っ張って止めた。

「折角遠出したんだし、行きたいところあるんだけど、いい?」

電車で幾駅かしか離れてなくても、私にとってはかなりの進歩だ。日差しを受けないようにかぶったキャスケットを、ぐいと目深にかぶりなおした。
なあ真一、私、実は頑張ってお洒落してみたんだよ。伝わるはずも無いのに、意味もなくスカートの裾を握ってひらひらと空に泳がせてみた。ティラードスカートは薄く地面に影を落として、陽炎のようにゆれる。
まだ日は高い、時間はたくさんある。俯きがちに言った言葉に、そうだな、と真一が呟いた。

「たまには色々と行ってみるか!」

ぎらぎら眩しいゲームセンター、少し埃を被った本屋、それから商店街でひやかして回ったり、ふらふらとしながらも無理をいって沢山の場所を回った。ピンヒールなんかを履いてなくて本当に良かった。いつもの私だったら最初の一、二件を回っただけで疲労を訴えていたかもしれない。何で無理してまで歩き回ったかなんて、言うまでもないだろう。

「何にした?」
「俺チョコ、なまえは?」
「抹茶」
「渋いな……」
「おいしいよ、食べる?」
「ん、一口」

休憩に公園に立ち寄ると、可動式のアイスクリームパーラーがあったのでアイスを買った。私のは抹茶で真一のはチョコ。チョコが子供っぽいとは言わないけれど、甘いものが好きなところは、ずっと昔から変わらないことなので、脇目も振らずにチョコを選択する真一を見ると、つい頬が弛む。私は気分で色々と試してみる、所謂コンビニの新製品は気になるタイプなので、決まったアイスを選ぶことはない。だから、真一とアイスを食べるときは、はいはい、といいながらも自分のアイスを差し出すのだ。

「……っ!」
「あ、本当だ。美味いなこれ」
「え、あ、あぁそれは良かった………」

良かったんだけども。そこでふと気が付いた。というか、早く気付け私。

「………間接キス」
「ん?なんか言ったか?あ、お前も食べる?」
「う……ん、貰うけど」
「ほら」

何だか当たり前のように受け取ってしまった。昔からそういう事はしてたから、真一は気にしてないのかもしれない。そう言い聞かせながらアイスを舐めた。甘いチョコの味が広がると、急に羞恥が込み上げた。

「な、美味いだろ」
「うん、おいしい」

恥ずかしかろうが、おいしいものはおいしかった。ミルクとチョコが口の中で溶ける。チョコは嫌いじゃない、寧ろ好きだ。顔に血が集まっていることを気にしないように、それだけを意識した。

「って、お前また付いてるぞ」

そんな言葉と一緒にポケットからタオルハンカチを取り出して、真一はごしごしと私の口元を拭った。おお、ハンカチ常備とか、私より女の子らしい。……じゃなくて!

「あ、ああありがと」

テンパる私をみて、年甲斐もなく顔にアイスを付けていたことを恥ずかしがっているのだと勘違いして微笑む。

「"あ"が多いって」

至近距離でニッ、ときらきら笑顔。ついでに頭をぽふぽふと撫でられた。

「ちょ……う、………」
「は?何て?」

とりあえず、少し前から感じていたことを報告すると、頭がぐらんぐらんと熱かった。

「……ちょっと、限界ちっく」

そのまま世界がひっくり返った。

「な、おいっ!なまえ!おいっ!?」

寄りかかっていたベンチからずるずると落ちていくのを感じながら、体の端の方から感覚が無くなっていった。



*



ぱち

効果音をつけるならこんな音なんだろう。私は温かい感触を感じて目を覚ました。

「あ、れ………?」
「なまえおきたのか?」
「うん、今起きた……けど、何してるの?」
「いやいや、見たまんまですけど」

気が付いたら、私は真一の背中の上で眠り被っていたようだった。うん、見たまんま、そのままの言葉でしか表せない。

「はあ、無理すんなっていっただろ」
「申し訳ございません」
「分かってるなら気をつけてくれよな、俺心配しすぎて死ぬかと思った」
「ごめん」
「いいよ、俺にも半分は責任あるし」

大きい荷物は持ってなかったからよかったが、鞄は真一が持ってくれているようだ。小さいときよりも大きくなった背中にしがみ付いた。首にぐりぐりと顔を押しつけると、「いたたた」と声が聞こえたが、気にしないで続けた。

「あのね、真一」
「うん?」
「いつも迷惑かけてごめん」
「だからいいって」
「でもごめん」
「……うん」
「それからありがとう」
「うん」

顔を見られないというだけで、私は随分と素直になれるようだ。とくとくと心臓が穏やかに高鳴る。


「真一ってなんか、お母さんみたい。あ、いや、お兄ちゃん?」
「は?」
「まぁ、そういうとこが、好きなんだけどね」
「ふぅん……え?!ちょ、今なんて」

振り向こうとした真一の首をぐりっと前に向ける。ごき、と何だか聞きたくない音が聞こえた気がするが、あえて聞かなかったことにする。


「だからね、そんな世話焼きなところも、子供みたいなところも、意地っ張りなところも、全部含めて大好きだって言ってるの。わかった?」


ちらりと前をみると真っ赤に染まった耳があった。返事は……まあ、聞かなくてもいいかな、なんて自惚れじゃないといいけど。

言いたいことを言い終わった私は、何処かすっきりした心持ちでいた。真一のことだから、変に照れて何も言わないんだろうな、なんて考える余裕くらいはあった。
次の一言を聞くまでは。


「…………今日のなまえ、すっげぇ可愛かった」


ぼそりと独り言のような声量のそれは、もしかしたら聞き逃していたかもしれない。そんな小さな囁きに、私は蒸発しそうになる。

「なっ、え、ちょっ…今なんて」
「な、何でもないからもう寝とけっ!背中かしてやるから!」

強制的に口をつぐまされて、むすっとしながらも私の口元は弛みっぱなしだったのだった。今すぐにでも笑いだしたい気持ちを押さえて思う……たまには、素直になってみるものだ。

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