「きゃっ、え?……あ」
「ごっ、ごめん」

着替え現場に鉢合わせた。教室の扉が大きな音を立てて閉まった。頭の中で今しがたの会話が蘇る。どこかで見たような場面だが、これはいったいどういう事態なのだろう。

いきなりだけども、私はべったべたな少女マンガ展開が大嫌いだ。
朝遅刻しそうになって曲がり角でイケメンと遭遇?図書室で同じ本を取ろうとして指先からスパーキンしちゃったり、挙げ句の果ては保健室に行ってベッドで寝ようとしたら先客がいてアバンチュールの始まり?
そんなの全部イケメンに限られてるし、出来すぎた話は作り物みたいだ。
少女マンガだけを楽しむならまだしも、それを現実に、しかもイケメンに限定して求めた所でどうにもなるわけでもない。というかイケメンもあまり好きではない。
詰まる所、状況であれ、事物であれ整いすぎたものに苦手意識を持っているだけなのだ。


冒頭に戻る。
先程も言ったように私はベタな展開が嫌いだ。着替えている途中を異性に見られるといういかにもなテンプレは神様か何かから与えられた試練なのだろうか。いやそんなはずがあるか。なぜか少しの安堵。だって、何かが違う。決定的に可笑しい点があるのだ。

「ごめん、半田」
「みょうじか?何というか、こちらこそごめん」
「いやいや、確認しなかった私が悪いんだよ。それよりもう服着た?」
「ん……よしオッケー」
「じゃあ失礼します」

どうして性別的立場が逆になっているのだろう。

まあ私が「きゃっ」なんて可愛らしい声を出せるか、とよくよく自問してみたところで返事はまったく返ってこない。つまりはあり得ないのである。悲しいことに。
クラスメイトの半田が女の子のような悲鳴をあげたことはあえて突っ込まないようにしよう。
しかし困った。ここで何か会話をしなければ空気が悪くなるし、だからといってなれなれしくしすぎるのもちょっと思うところがある。
一応断っておくが、私は決して自意識過剰ではない、ここでさっきも言ったようなベタな展開なんてのが起きるはずはない。しかし、この奇妙なコンタクトが今後の関係(私たちの間では、只のクラスメイトだ)に何らかの影響を及ぼすことに間違いはない。
小学校の頃ならいざ知らず、中学二年生にもなると、一部のノリのいい生徒、まあ所謂肉食系でなければ進んで異性に声をかけようと思わないし、私はどこまでも凡庸で少しばかりネガティブな一女生徒だ。友人関係の幅が広がることは良いことだろうが、この場面でもしかしたら半田と仲良くなれるんじゃないか、なんてポジティブシンキングに走れるはずもない。逆に、もし失言なんかをして険悪な雰囲気にでもなってしまえば、クラスでの居心地は最悪だ。人の口に戸は立てられない。話題は慎重に、無難なものを選ばなければ。

「あ、ねえ半田、もう部活終わったの?」
「あぁ、今さっき。いつもは部室だけど今日は教室で着替えたら制服忘れてたから戻ってきたんだ」
「あー成る程」
「みょうじは何部だっけ?」
「一応新聞部だよ、半分幽霊部員だけど」
「あ、てことは音無知ってんのか」
「うん、あの騒がしい子でしょ、最近サッカー部のマネになったらしいじゃん」
「そうそう、やかましって呼んだら怒るんだよなぁ」

けらけらと笑い声をあげる半田につられて笑った。私が危惧したような事態は避けられそうだ。ほっと胸を撫で下ろした。あの子可愛いんだよね、見た目と中身が一致してないところとか。そんな失礼なことを考えながら、何気なく窓からグラウンドを覗いてみると、太陽はとっくに群青に沈んでいた。紫紺と橙が抱き合って、そこに浮かぶ雲が夜と昼の境界線をぼかしていた。そうだ、早く帰ってしまおう。そうすれば明日には半田もこの会話を忘れて、何事もなかったかのように日常に戻れる。

「外、真っ暗ね」
「そうだな」
「半田ってどっち方面?」
「河川敷の方、みょうじは?」
「私は商店街の住宅地あたり」
「あー猫が大量発生してるとこ?」
「そうそう、酔っぱらいが餌付けするから」
「え、大丈夫なのか?」
「何が?」

そこまで言ってふと気が付いた。これは、話題の選択を間違えたかもしれない。今まで片手で数えるほどしか言葉を交わしたことがなかったが、半田は意外と気さくでノリがいい。お陰で考えなしにぽんぽんと言葉が出てくる。半田がもし噂に聞くような性格であれば、フェミニズムなんて持ち合わせていなければ、いやいや、まさか。

「帰り道、あの辺治安悪いんだろ。送っていこうか?」

あ、やらかした。頭の中をすっとこの言葉が過ぎった。

「い、いやいやいや!半田に悪いでしょう!」
「だって酔っぱらいとかに絡まれたらどうするんだよ、みょうじも女子なんだから自覚もてよな」
「私実は男でした!だから大丈夫です!」
「例え男だったとしてもこの時間帯に一人歩きは危ないだろ」
「私の家そんなに遠くないから、いや本当に」

何とか考え直すように引き止めてみたが、肩を竦めてため息をつく半田はいつの間に終わらせたのか学校指定の鞄を肩にかけて、一緒に帰りますよーという雰囲気を醸している。

おい、ちょっと、聞いてないぞ。クラスの女子が言うには、半田ってヘタレな平凡系男子じゃないのか。もう日は落ちているし、誰かに見られるっていう可能性は低いかもしれないけれど……って、いやいや!何で思考が一緒に帰る前提なんだ。

よし、落ち着け私。

「えっと、あのさ」
「ん?何だみょうじ」
「一緒に帰るって、誰かに見られたら確実に誤解されるけどいいの?」
「誤解?…………あ、え、そっ、そうだな!いや、でも夜道に一人は危ないし!みょうじなら別に……って何言ってんだよ!?」

私の言葉で、どういう状況になっているのかに気が付いたようで、顔を真っ赤にしてばたばたと慌てだしたかと思えば、さぁと血の気が引いてその場に蹲った。半田のあまりの混乱振りに、私は逆に冷静さを取り戻していった。
半田は耳を真っ赤に染めてばたばたと手を振り回す。

「う、なんかごめんみょうじ……」
「あ、いや、その、気にしなくていいよ、うん……」

しゅんとして恥ずかしさを誤魔化すかのように、半田は、学生鞄の肩紐をぎゅっと握ったり離したりと、あからさまな照れ隠しをしてみせた。勿論若干顔を赤らめて俯き加減というオプション付きで。
その瞬間私はきゅぴん、と何かが胸を突き上げるような感情を得た。

「……やっぱ送ってもらっていい?半田の言うとおり一人は危ないかも」

それはつまり胸キュンというやつであった。
どう考えてもべたべたな展開だ。さっきからやけに心臓が頑張って動いているのも、顔に血が集まっているのを自覚しているのも、誰かの手の上で転がされているのではないかと思うくらいに、ありきたりなのである。
でもまあそれは私の恋愛偏差値が限りなく低いからであって、意識すればするほど……とかいう厄介な反射的なものだった。

その後は、お互いどぎまぎしながらも会話を楽しみながら、つつがなく家まで送り届けられ、別れた。
次の日学校に行ってみると、やっぱり目撃者は居たらしく、私と半田が付き合ってるだとかいう噂がちらほら耳に入ってきた。
ああやっぱり、と呆れた反面、目が合うと分かりやすい反応をしてくれる半田にむず痒くなった。
そうしてここで述べる必要もないが、紆余曲折あってお付き合いをするまでに至った。お話はこれで終わり、ジ・エンドである。






「ねえ半田」
「んぁ?」
「今思い返してみると、何であの私が吐き気がするくらいべったべたなシチュエーションで半田にときめいたかと言いますとね」
「……いきなり何いいだすんだよ」
「半田って私の嫌う完璧からは程遠く、つまりは中途半端……あべしっ」
「中途半端っていうな」

真顔で言い放つ私は、叩かれた頭をさすりながら口を尖らせた半田と笑いあった。

簡潔に現在の状況を報告いたしますと、何ものかの手によって転がされていただろう私たちは、なんやかんやでうまくやっております。



脇役少女Kのお話


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