「……本当に置いてかれた」

ぽつんと昇降口に佇む私。手にはまだ少し水気の残った水彩画を丸めたもの。靴箱の中にあるのは上靴ばかりで、誰も校内に残っていないことをありありと示されていて、つんと目の奥が熱くなった。窓から覗く光は赤色、空の色はもう半分以上が紫に染まりかけていた。ああ、もう、「その課題終わらせるまで帰っちゃダメよ」なんて言いながらも生徒を放置して帰っていってしまった若い美術担当の先生は、バッチリお洒落していた。きっと飲み会か合コン何だろうなちくしょう、とか毒づいたりしてみた。

「一郎太の、ばか」

涙交じりになって一緒に帰る予定だった幼なじみを罵ってみた。残念、鼻声は誤魔化せやしない。誰にたいして誤魔化してるのかって、それは勿論自分を。精一杯の虚栄心。こうやって立ちすくんでいる間にも太陽は地平線にさよならしていっている。誰もいなくなった学校は、二階の職員室を残して眠りに就き始めた。早く帰らなければいけないのに、何やってるんだろう。足は竦んで一歩一歩の動きも頼りない。私はここで初めて心細さを自覚する。部活が終わった後に待っててもらうのは疲れているだろうから、と珍しく気をきかせて、先に帰ってていいよ、なんて言ったのは誰だったんだ。期待していたわけじゃないけど、少しというかかなり落胆した自分がいるのは否めない。

「誰が馬鹿なんだよ」

そんな時に聞こえるはずのない声。硝子越しに見えた影に思わず金魚みたいに口をぱくぱくさせてしまった。

「は?いや、え?」

何でここにいるの?もう帰ったんじゃ?一郎太はそんな私の疑問を先回りして早口に伝えた。

「そこの角で終わるの待ってた」
「え、ちょっ」
「……」

そっぽを向いたまま無言で差し出された左手。意味がわからないまま首を傾げると、ぱしっ、と頭を叩かれた。唖然としてもう一度その手を見つめると、溜め息のように息を短く吐いて、私の右手を引いた。その左手は外気に曝しっぱなしにされていたのかひんやりしていた。いつも私が羨ましく思っているさらつやの髪は、相変わらず顔の半分以上を隠していたけど、辛うじて残っていた西日が当たって、うっすらとその奥の表情が透けて見えて、それからびっくり。

「ほら、行くぞ!」

しゃんとした背中を追い掛けるように歩きだした。少しだけ赤みのさした頬は見なかったことにしてあげようと思う。





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