バターと卵と小麦粉を練ってさっくりと狐色に焼き上げられた物体を奥歯でざくざくと噛み砕く。周りには女子の黄色い声、少し照れたような笑顔、それからそれらの輪から外れて羨ましそうな視線を送るもの、まあそれぞれ何だけど。私としてはたかが調理実習で作ったクッキーを渡す位で此処まで盛り上がらなくても良いと思うんだけど、周りの恋する乙女たちにとっては"気になる相手に女らしさを印象付ける絶好の機会"らしい。


「なまえは誰かにあげないの?」
「ん?別に作ってもあげる相手いないしめんどくさいじゃん」
「えー、折角一緒に先輩に渡しにいこうと思ってたのに…」
「まぁまぁ、そこに私が居てもお邪魔虫だからね、早く憧れの先輩に渡してきなよ」
「うんっ、受け取ってくれると良いなぁ先輩!」


ふんふーんと鼻歌を謡ながらスキップ混じりで三年生の校舎へ向かう友人にエールを送りながら見送る。「先輩っ!今日調理実習でクッキー作ったんですけど…受け取ってもらえますか!?」「あげる相手がいないだけだから!!」「うまくできたか分からないけど良かったら食べてください!」……ふむ、告白をするわけでもないのに皆気合いの入れようが凄いな。自分も本来ならば遠目で眺めている青春の真っ只中に居ても良いようなものなのに、黙々とクッキーを口のなかに放り込む。ざくざく、んーなかなかうまくできたと思うんだけど生憎私には恋い焦がれる相手が居ない。つか居てもあげないと思う。面倒臭いし……。


「ね、それ作ったの?」
「んあ?あ、マックフふごいひょうのフッヒーはね」
「んー、さっき女の子たちからもらったの」


自分の席でもさもさとクッキーを頬張っていると、両手いっぱいのクッキーを抱えて私の後ろに現れた派手な猫耳帽子。よくさっきので伝わったよね、あ、あれか、猫耳パワー。…なんてことは良いとして、何であたしのとこにきた。モテる事を自慢しに来たのかコノヤロー、そして何故に私の隣に座るんだ。隣の席の奴が帰ってきたらあんたが抱える大量のクッキーにびっくりするだろう。


「ねぇなまえはあげないの?」
「んぐ、これ?」
「うん、そう」


じーっと眠たそうな視線を注がれるクッキーをまた一つ口に放り込んだ。いいじゃん作ったのは私なんだから誰にあげようとあげまいと人の勝手なんだし


「そんだけ貰っといてまだ食べたいの?」
「うん、なまえの美味しそうなんだもん」
「そんなに食べれないでしょ」
「んー、そうだよね、じゃあ全部この人にあげよ」
「…人の好意を踏み躙るってこういう事か」


そういったマックスは私の隣の席の男子の机にきっと愛情がたっぷり詰まっているだろうクッキーの袋を詰め込みはじめた。おいおい、この男子は喜ぶかもしれないけど渡した女子に知れればどうなるか知らないよ。


「だってなまえの貰うのに他の女の子のはいらないでしょ?」


思ったことをそのまま口に出したらそんな台詞が返ってきた。すんごい恥ずかしい事言ってるってわかってますか?松野さん…。危うくクッキーを手から滑らせるところだったけど何とか指先の神経を総動員させて防いだ。


「別にあげてもいいけど他のこのとそんなに味は変わんないと思うんだけど」
「わかってないねー好きな子が作ったものを食べたいって思うよ、普通。」


がさっ


今度こそクッキーは床とこんにちはしました。
ありゃー割れちゃったかな、そういいながらもいびつな形に欠けたクッキーを口に放り込んで奴はニヤリと笑った。


「返事はいつでも良いからねー」


手から床へと垂直に落下していったクッキーを袋ごとかっ攫って、鼻歌を歌いながら教室を出ていったマックスの置いていった言葉から考えるとそういう意味なのだろう。無自覚の内に赤く火照った頬を隠すために私がとった行動は、隣の席に無惨にも突っ込まれたクッキーの袋をどうしてやろうかとため息を吐くことだった。




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