今日は午前から小糠雨が降り続いて、湿気が制服を通り越して直接肌を撫でているような不快感が続いていた。気温が下がることもなく、午後には教室の中がビニールハウス状態で、とても授業になんて集中できなかったし、五六時間目特有の気だるさから来る眠気も、この天気のお陰ですっかり影を潜めてしまい、後に残るのは汗と湿気でベタついた制服のシャツだけだ。
仕方がないとむわむわと目に見えない水蒸気を、下敷きで追い払ったりしている俺、闇野カゲトは最近雷門中に転校して来たばかりだ。最初は杉森から紹介されたのだけど、サッカー部とは自分なりにうまくやっているつもりでいる。勉強だって前の学校と授業の進行速度はそう変わらないし、寧ろできるほうだと思う。ただ、どうしても昼食時や部活がない日の放課後は居心地が悪い。皆までは言わないが、俺はそんなに協調性というやつの値が高くないのかもしれない。


「あ……」
「…何?」
「何でもないけど」
「君、闇野でしょ」


体感的な気持ち悪さ以外は、いつもと何ら変わらない日の放課後。いつもの帰り道を折畳み傘を揺らしながら歩いていると奇妙なものを見付けた。いや、奇妙なものというよりは、レインコートを着ているのにフードを被っておらずびしょぬれになって草むらを掻き分けている人、だった。


「何故」
「同じクラスだからね」
「……、みょうじか何してるんだ」
「蛇探し」


名前を記憶の中から手繰り寄せるのに少しばかり時間が掛かってしまったのは仕方がない。実はこれがファーストコンタクトだったりするから。そんなことよりもびしょ濡れの彼女を、傘を持っている自分が、そのままにしていいのか、と特異な光景に、低速化していた思考の端に残る良心がちくりと痛んだので、傘を彼女の方に傾けた。流石に雨晒しになったフードは水がたまっていたので、更に濡らす真似は出来ない。そう思ってとった行動に、みょうじはべったりと張り付いた黒黒しい前髪の下の、これまた真っ黒な目を丸くした。たれ目一重の常に眠たそうな印象を与えるみょうじだけど、多分、驚いたんだと思う。

「あり、がと」
「いい、それより早く着替えたほうがいい、夏風邪でも引いたらいけないからな」
「あ、走って帰るから平気、それよりいいもの見付けた」
「何だ?」

ほら、とおもむろに草むらに手を伸ばして何かをつかんで、それから俺の方に向けてこぶしを開いてみせた。

「蜥蜴か?」
「うん、珍しいの。黒いというか、紺色というかよくわかんないんだけど」

可愛いよ?と手を突きだしたまま首を傾げられた。白い手のひら中で、それと相反した深い色の蜥蜴がくるりと目を回した。そのまま無言で差し出されたままなので、恐る恐る手を伸ばすと、ひたりと冷たい感触が手のひらを点々として、中心辺りに腰(この場合は腹か)を降ろした。それを見たみょうじは何やら満足そうに目を瞬かせて、すくと立ち上がった。

「この子闇野のこと気に入ったみたいだからあげる。逃がしてもいいけど飼うんだったら世話の仕方くらいは教えてあげるよ」

じゃあまた明日、と言って去っていったみょうじの背中を呆然見送りながら、手のひらに残る蜥蜴を見やった。尻尾を動かして小さく蹲る姿がさっきのみょうじと重なって、思わず笑いがこみあげそうになった。制服がさらに湿気を吸い込んで気持ちが悪かったので、今はとにかく急いで帰ることにした。明日学校に行ったらみょうじに話し掛けてみようと、一人企てながら歩く道程は、耳障りなはずの雨も、しとしと地面に吸い込まれる雨粒の音がやけに静かに聞こえて、心地よかった。






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言わずもがな蜥蜴はやみのトカゲ

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