華奢な音がした。それは硝子が割れたような、氷を叩いたような、悲鳴のような、細い糸を弾いたような音で、冷たい余韻が鼓膜を震わせた。
彼が見つめる先にあるものに嫉妬した。柔らかい色は一つも身につけず、雪と氷の世界を思わせる視線と、相対的な赤い舌が辛辣な言葉を紡いでいくのを、ただ美しく思った。触れてみようかと手を伸ばしてみてもきっと届く前に凍り付いてしまうのだと錯覚して、それをしなかった。
あの赤い舌に全てを絡め取られてしまいたい、彼の白い喉に噛み付いて恍惚に浸りたい、彼に掻き抱かれてその目に私だけを映してみたい、叶うはずのない願望が胸を焦がす。多分欲情した、という事になるのだろうけど、それを認めること自体罪にどっぷり染まってしまったような気がして、真っ白になる頭を正常に戻して、目の前の彼へと意識を向けた。
私の部屋の床の上で彼は相変わらず髪を弄りながらぽつりぽつりと言葉を零した。私はそれを聞き流しながら唾を飲み込んだ。口を開くたびにちらりと覗く赤い舌にどきりとして、それを悟られないために視線を自分の足元に投げた。あぁ、どうしてこんなにも愛しいんだろう。彼の言葉に重なる音は私の心音で、それに犯されて、不意に、手を伸ばしてしまった。(ここまで来たら認めてやろう、私は彼に欲情している。)

「っ、なまえ何し…」
「ごめんね、ちょっと無理だった」

謝罪の言葉を口にしながらも、彼の体を床に押し倒して、頬をべろりと舐めた。甘いはずはないのだけど、蜂蜜か何かを口に含んでいる気分になったのは、相手が彼だったからという単純な理由だった。舌を喉元に滑らせても、彼はあまり抵抗をしなかったから、そのまま歯を立てて強く吸った。そこで初めて彼が小さく悲鳴を上げた。

「何にも、言わないんだね」
「気付いていたからな。ずっとお前から向けられる視線にも」

彼は透き通るような目で私を下から見上げながら呟いて、私の頬に指を滑らせた。これは、現実だと思っても良いのかな。とりあえず、夢なら覚めないうちにと彼の赤い舌に自分の舌で触れて、想像していたのとは違う熱に、心のなかにあった何かが音を立てて割れた。


何一つ残らないでしょうに



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ガゼルを押し倒したいのは私

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