お前がが望むならなんだって手に入れてやろう
現実主義の君が至極真面目に言うものだから噴き出すのも忘れて、頷いた。
いまでもあの約束は有効なんだろうか。


「何か欲しいものでもあるのか?」


分厚くて私なんかが到底理解できそうにない知識を詰め込んだ本から視線を持ち上げて私に向けた。別に、と答えたら何もなかったかのように知識の海のなかに意識を戻したので、私も膝のうえに伏せていた本をもう一度開いた。開いてから驚いたのだが、何故か専門的な知識から雑学までとりあえず詰め込んでおこう、という製作者の意志を汲み取れるものだった。…どうしてこんなものを読んでいたのだろう。ちょうど半分に差し掛かるかと言う辺りに栞が挟まっていて、それは自分の物であったからここまで読んだことに間違いないのだろうが、残念なことに内容は頭の端すら掠めていない。ヘール・ボップ彗星が出現した年の奇怪な現象をまとめたものだったり、黒点が多いときにはラジオなどの電波が悪く、何か関係があるのではなかろうかなど、都市伝説やオカルトチックで本当なのかと疑いたくなるようなことも含めて、日常の疑問をひたすら科学的に突き止めて図解付きで所狭しとページを埋め尽くしている。見ているだけでも頭の中がパンクしそうだ。ここは彼の自室であるから、彼もこれに准ずるものをすらすらと、読みすすめているのかと思う。少しだけ尊敬の念を抱いた。ちらりと支線を向けるとばちりと濃いグレーに覆われた赤い目と目が合った。


「何か用か?」
「難しそうな本読んでるな、と思って」
「そうでもないぞ」
「私には十二分よ」
「で、他に言いたいことは?」


うまくはぐらかせたかと思ったら、鬼道は今まで読んでいた本を畳んで、私と会話する態勢を取った。やはり駄目だったかと思う反面、少しだけ嬉しく思ったのは鬼道のそういうところを、私は好ましく思うからだ。仕方ないと言う風を装って私も意味がさっぱりわからない本を閉じた。口きりは私からだ。


「前に私が望むものならなんでも手に入れてくれるって言ってたじゃない?」
「ああ、確かに言った」
「あれは何に対する答えだったかと思って」


確かに君の口から君の声で聞いたことは覚えているのだけど、私のどの言葉に対する返事だったのか思い出せない。人からもらった言葉は忘れないのに、自分があげた言葉を覚えていることは少ないのは何でだろう。


「お前が覚えてないのならそれでいいじゃないのか」
「忘れたら忘れたで気になるの」
「欲張りな奴だ」
「そんな奴を傍に置いたのは誰?」
「なんだ、覚えているじゃないか」
「何、が?」


記憶として見ることはできないけれど、感情として蘇ってくるもの。私はこの高揚感ににた、喜びにも、苦しみにも似たこの感情の名前を知らない。それを知って彼はあんなことを言ったのだろうか。等価交換とは言い難い取引だ。


「何でも、っていうのは物じゃなくてもいいのね」
「前にも言っただろう」
「じゃあ、心が欲しい。駄目?」
「確かに、それならば対等だ」
「ふぅん、それじゃあ私はもう何も鬼道から貰えないのね」
「いや、やるものなら沢山あるさ」


グレーに覆われた赤はあの時と同じ色だ。「その代わり対価は頂こうか」私が落ちるまでの約束だったはずなのに、これではまた逆戻り、今までの分が清算されてしまった。いままでも、これからも、彼との形の無い取引は続くのだろう。




告白はどちらから



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読者の想像力に任せるという投げ遣り


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