これは当然の事であって自然の摂理だ。


「松野、」
「なに?」
「好きだよ」
「うん」


いつもみたいに飄々と躱せたらよかったのに、今日はどこか悪いのか、曖昧な返事を返してしまった。


「…今日はなんかおかしいね」
「そう思う?」
「うん」
「僕も思ってた」
「じゃあおそろい」
「……」
「あたしも今日はおかしいの」


そうしてにっこりと笑う顔。やけに甘ったるくて吐き気がする。


「止めろよ」
「何を?」


またどろりと溶かしたような笑み、毎日顔を会わせているけどもたまに見せるこの顔が気に食わない。彼女の席は窓際の一番後ろ、僕の席はその隣の隣。毎日僕のところに来て好きとだけ告げて帰っていく。他に会話らしいものはしない。こんな特異な事さえも日常の風景に溶け込んでいる。だけど今日はちがう。


「だから何を」
「気持ち悪いんだよその笑い方」
「っ」


びくりと彼女の体が跳ねた。思いの外声が出てしまった。周りにいた生徒達も数人気付いたようで視線を集めてしまった。あぁ、面倒だ。


「わけわかんない」
「ごめん」
「謝らないでよ」


本当にわけがわからない、砂糖を溶解度の限界まで溶かしたコーヒーを一気に喉に流し込んだときみたいに何かが麻痺している。甘さの限界を超えて逆に苦みを覚えた、そんな感じだ。


「ねぇ」
「…」
「何で僕なの」


彼女の丸い目がぱちぱちと瞬いた。僕はそれをずっと見ていたけれど、僕の質問に対する答えはいつまで経っても帰ってこなかった。だけどさっきの吐き気がするような応酬に比べれば、寧ろこっちのほうがいいかもしれない、彼女の真っ黒な目を見てこんなふうに考えている自分が居る事に気付いて何となく思った。


「別に答えなくてもいいよ」
「そう」
「僕はそのままがいい」
「うんあたしも」


今日彼女と初めて会話をした。不変を望むならこんなこと言わなくてもよかったはずなんだけど、やっぱり今日の僕はおかしい、と


「ね、松野」
「うん」
「好き」
「僕は嫌い」


傷付いたような嬉しそうな複雑な表情を讃えて彼女は笑った。僕が比較的好ましいと考える笑みだ。「嫌い、嫌い、君のことは嫌いだ」いつも一方的に投げ掛けられる言葉とは正反対の意味をもつ言葉に息を吹き込んだ。彼女もまた僕のように何にも感じないのか、ただ顔に出さないのか何知らぬ素振りでいつもと同じ科白を呟いた。


「好き、これ本当だよ」
「嫌い、嘘だと思う?」



落雷、落水、世界は落下します


そして堕ちる僕。
やっぱり不変を望むことは叶わないのだと知った。



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