お茶請けとして出された煎餅をばりぼりと囓るブラックミストと静かに茶をすするアストラル、二人の空気はまさしく最悪だった。時折睨み合ったかと思えばお互いに耳を塞ぎたくなる程の悪態をつくので、状況は悪くなる一方である。
 半ば辟易しながら事の次第を見守っていた遊馬はとりあえずこのぎすぎすした空気が緩和される事をなにより第一に望んでいた。このままだと自らの胃にぽっかりと穴が空きかねない、若干十三歳にしてストレス性胃潰瘍など御免蒙る。

「……ところでよ、」

 ふと、無心に煎餅を囓っていたブラックミストが顔を上げて遊馬を見遣る。突然話をふられて肩を跳ねさせながらも、遊馬はそっとブラックミストに視線をやった。
 先程アストラルとの言い争いの際見せた刺々しさは何処へやら、純朴な少年のようにきょとんとしながら首を傾げている彼の姿に遊馬は危うくお前誰だと呟きかけたが、寸での所で飲み込んだ。その矢先。

「お前誰だ」

 まさか思っていた言葉と全く同じ問いかけが飛んでくるとは夢にも思わなかった。その質問はそれはこっちの台詞だと怒鳴ることすら忘れてしまう程に唐突、尚かつお前が言うなと言わんばかりの内容である。ブラックミストはぱたぱたと数度瞬きを繰り返した後、矢継ぎ早にこう紡いだ。

「兄貴はとても彼女作れるような人間じゃねぇから、いや、面はどうだか知らねぇけど朴念仁で無愛想で変人でおまけに幽霊みたいな成りだしよ、まさか同棲とかじゃねぇよな、つーか日本で未成年の同棲って法的にセーフなのかすらわかんねぇし、それ以上にお前なんか体が貧相というか小学生くらいに見えるからもしや兄貴ってロリコうおわっ!?」
「喧しい黙れ殺すぞ」

 その最中にアストラルが目にも止まらぬ素早さで手刀をたたき込もうとした為、ブラックミストの名誉毀損極まりない発言は中断させられることとなる。素早く身を躱したブラックミストは実兄が鬼の形相で此方を睨んできているのを認めると、すす、と逃げ道を探すようにして遊馬の方へと身を寄せた。
 途端表情が険しくなったアストラルと最初の勢いはどこへやらといった具合に怯えるブラックミスト、二人の間に挟まれた遊馬の心境たるや想像するのも痛ましい程である。

「……こう、さ、感動の再会みたいにいかないもんなのか?」

 ぼそり、と呟かれた遊馬の一言に兄弟は揃って目を丸くしたが、次の瞬間その瓜二つの顔を盛大に顰めて冗談じゃないと吐き捨てた。左右から全く同時に聞こえてきた全く同じ声音で全く同じ内容の悪態は、遊馬の淡く優しい希望を問答無用で切り捨てる。ステレオで響いた完全な拒否の言葉に、遊馬はやれやれとばかりに溜息を吐いた。
 どうしてここまで似ているのにこんなにも仲が悪いのやら、不機嫌を露わにした表情は色こそ違うものの鏡写しのようで、あろうことか眉間の皺の数まで一緒である。

「お前ら、同族嫌悪って知ってる?」
「こいつなんかと同族だって!?」

 遊馬の問いかけとも言えぬ言葉に二人はタイミングを全く同じくして勢いよく立ち上がり、悲鳴とも奇声ともつかない罵声を吐き、勘弁してくれと言わんばかりの表情を浮かべながらお互いをびしりと指差した。
 まるでコントだ、本人達が真剣な所非常に申し訳ないが、笑いの沸点が中々に低い遊馬としてはそれに噴き出さざるを得なかった。


ア リ ス と チ ェ シ ャ 猫

( 会 談 編 )



2012.10.27


 

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