ぴかぴかっ、と光ったかと思った矢先にごろごろどっかん、なんていう爆音。遙か遠くで鳴り響いた唸り声に、雨に濡れた窓の外を眺めていた遊馬は悲鳴をあげて飛び退いた。ただでさえ雨が吹き付けて滝壺のような音が辺りを支配しているというのに、その上雷がひっきりなしに鳴っている、全く、冗談じゃない。
 半ば涙目になりながらソファに飛び込んだ遊馬を見て、パペットで遊んでいたトーマスはにやりと笑った。

「なんだよ、雷なんかがこわいのかぁ? だっせーなぁ」

 意地悪そうな笑みを浮かべながらトーマスは遊馬をからかった、クッションを抱え込んで座り込んだ遊馬は悔し紛れにトーマスを睨む。
 やーい弱虫ー、なんて言葉に合わせてパペットの口がぱくぱく動くものだから、遊馬は悔しさのあまり抱えていたクッションを投げつけた。流石にこれには仰天したらしいトーマスは避ける間もなく顔面にクッションを食らってしまう。しかしいくら強がっても怖いものは怖い、遊馬は未だソファの上でぶるぶると震えていた、その矢先である。
 ばたーん、とけたたましい音を立てて扉が開き、書斎に居たはずのミハエルがひどく怯えた様子でやってきて遊馬に飛びついたのだ。その怯えようはそれは凄まじく、以下のような有様である。

「雷やだやだ、こわいよぉ! もうやだ、おへそ取られちゃうよお……ひゃっ、また鳴った!」

 ここまで矢継ぎ早に言ったところでミハエルはとうとう泣き出してしまった、それはもうぴいぴいといった具合に。呆然としながらミハエルの泣き言を聞いていた遊馬であったが、ふと我に返ったかのように顔を上げてミハエルに問いかける。

「……おへそ、とられるの?」
「雷はおへそを取っちゃうんだって、とうさまが言ってた!」

 ミハエルの答えを聞いた瞬間遊馬の目にもぶわりと涙が浮かんで、そのまま許容量を超えてぽろぽろと溢れ出してしまった。途端たがが外れたかのようにわあわあ泣き出した遊馬とずっと泣きじゃくりっぱなしのミハエルを見やって、蚊帳の外だったトーマスは唖然とした。
 雷が臍を取るだなんてそんな事があってたまるか、昔っからよくある迷信じゃないか。そう言ってもきっとこの二人は信じないかもしれない、いや、信じないに決まっている。
 しかしながら年下の面倒を見るのは年上の役目であって、長男であるクリスが不在の今二人の面倒を見るという仕事は当然トーマスに回ってくるのであった。

「ばっかじゃねーのお前ら、自然げんしょーなんかにへそ取られるわけねーだろ!」

 だいぶ強気な物言いでそう声をかけても二人はびええと泣き喚くばかりだ、埒があかない。あまりの面倒くささに職務放棄してやろうかと牙策したトーマスであったが、突如遊馬が飛びついてきたことではばかられた。
 何事だと目を白黒させながら遊馬を見やればどうしたことか、涙が枯れるんじゃないかと思うくらいに泣きながらトーマスの腹の、ちょうど臍のあたりを押さえていたのである。まさか、まさかとは思うがこれは。

「トーマスもおへそとられちゃうよ!?」
「ばっ…取られるわけねーっつってんだろ、アホかお前!」
「にいさまのおへそは好きにしていいから僕のだけはー!」
「ミハエルてめぇ、俺を売るんじゃねぇ!」

 まさに混沌、阿鼻叫喚。悲鳴と怒号、雨音の坩堝と化したリビングルームに騒ぎを聞きつけたクリスが飛び込んでくるのはそれからすぐのことだった。


台 風 の 目



2012.05.18


 

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