「お客さん、終点ですよ」

通りがかった車掌に声を掛けられて漸く我に返り顔を上げれば、困り顔の車掌と目が合った。そしてそんな車掌の後ろには、隠れて顔の見えない俺の友人が未だ座り込んでいるようだった。すいません、とだけ呟いて席を立とうとしたものの、顔も知らぬ友人の姿を見るということが何気なくではあるが禁忌のように思えて少し戸惑う。だが、ここに居座るのは迷惑千万というものだ、半ば諦めたように席を立って降車口へと向かいつつ、座り込んだままの友人に声を掛けた。

「…終点だ、降りたほうがいい」

視線もやらぬままにそう告げれば、身動ぎして立ち上がるような気配がした。次いで足音が俺を追いかけてくる、遂には俺の隣に並んで俺の歩幅に合わせてきたようだった。彼が降りる駅も俺が降りる駅も、とうの昔に過ぎてしまって空はそろそろ群青に染まろうとしているところである。することも特に無かったので、駅構内のベンチに腰掛けた、友人の着席を促すことも忘れずに、だ。ベンチに腰掛けた友人の首元から下がったペンダントらしきものが、ちゃり、と小さな音を立てて揺れる。広いホームを通り抜ける風は春先という季節を形容したかのように生温く、肌を掠めていった。

「…、そういや、さ」

彼がふと呟いた、そんな切り出し方から些細なやりとりが始まる。人気のないホームでは、小さな声ですら必要以上に響いて鼓膜を揺らした。

「どうした?」
「あんたの名前、訊いてなかったよな」
「…確かにそうだな」
「訊いてもいいか?」
「……、天城、カイト」
「かいと、…うん、覚えた」

先程まで泣きそうだった気配が少し笑った気がして、反射的に顔を上げそうになる。そんな気持ちを抑えて向かいのホームを見つめながら、会話に集中することにした。隣の彼はふふ、と笑みを零したので、先程の気配は強ち間違いでもなかったのだろう。

「お前の名前を、訊いても?」
「問題ないぜ、俺だけ訊くなんて不公平じゃん」
「それもそうだな」

くすくす、二つの笑い声がホームに響く。漸くだ、彼の名前を知ることができる、彼の事を知ることができる。それだったら彼の顔を見てしまっても、誰一人として咎めはしないだろう、俺自身すらも、きっと。すぅ、と彼が言葉を口にする為に息を吸った、それに呼応するようにして顔を上げれば、そこには。

「俺、九十九遊馬っていうんだ」

泣きそうな顔で笑みを浮かべる、紅い瞳の少年の貌が俺を見つめていた。



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