ミハエルは小さい頃から大人しくてあまり自己主張をしない、よく言えば手がかからないが悪く言ってしまえば引っ込み思案な子供であった。しかし自己主張をしないといってもちゃんとした自我はしっかりと持っていたのである。
 可愛らしい外見から女の子と思われるのを極端に嫌い、自らの容姿に多大なコンプレックスを持ちながら日々を過ごしてきた。
 また、長男が文学に、次男が造形に興味を示したように、ミハエルも少々特異な物に対して興味のベクトルを向けるようになっていた。それが俗に言う超古代文明というやつで、彼の父親が考古学に対して非常に深く精通していたことも少なからず関係していたのだろうと思われる。
 その中でも何よりミハエルが強く興味を示したのが、オーパーツやら時代錯誤遺物とか言われる、言うなれば少々オカルトじみたものだったのだ。



 その日、幼いミハエルは父親の研究資料室に篭もって考古学の文書を漁っていた、これはもはや彼の日常と化していた節がある。
 そうして暫く、薄暗い資料室で本の山に囲まれて過ごしていたミハエルはいつのまにやら隣に一人の女の子が座っていることに気がついた。女の子の大きな瞳は部屋の灯りに照らされてきらきらと輝き、あたかも焔のような色を湛えてミハエルの読んでいる分厚い本に向けられていた。
 人見知りがちな彼はしばし硬直した後、本の山を引っ繰り返す勢いで後退り、わぁ、と悲鳴をあげる。突然の奇行に女の子はぽかんとしたまま座り込んでいたが、ミハエルの放り出した資料をちらりと見遣ったのちに満面の笑みを浮かべながら声をかけてきた。

「むずかしい本よんでるんだなー、すっげー!!」

 それは目の前の可愛らしい女の子が発するには少々似つかわしくない語調ではあったが、宇宙を閉じ込めたように輝く瞳に見つめられたミハエルがそんな事に気付くわけもない。
 唯でさえ人見知りなミハエルは既にたじたじだったが、女の子はそんな困惑も知らずに床に引っ繰り返っている資料を引き寄せてじっと見つめ始める。この女の子はどう見てもミハエルより年下だ、齢五つのミハエルが読んでいるだけで周囲の大人が腰を抜かすような資料を読めるはずもない、が。
 女の子の口から時折、オーパーツ、だとか、古代文明、だとか、そういった単語が拙いながらも零れるのを耳にしたミハエルはぱちぱちと瞬きをした。

「……なんだっけ、超、古代文明?」
「っ、きみも考古学に興味があるの!?」

 女の子の口から聞き捨てならない単語が紡がれた瞬間、ミハエルは弾かれたように立ち上がって本と睨めっこをする女の子の元へと駆けていく。あまりの剣幕に女の子はぱちくりとひとつ瞬きをした後、にっこりと微笑みながら頷いた。
 まさか同年代、否、それ以下の小さな女の子が考古学に興味を持っているだなんて思いもしなかったミハエルは吃驚するやら嬉しいやらで頬を微かに紅潮させつつ、女の子の手を取って訪ねた。

「ぼく、ミハエルっていうんだ!君は?」

 内気な少年の精一杯の勇気に応えるように、女の子は、太陽に似た眩しい笑顔で言葉を返す。その笑顔は今でも、彼の心の中に焼き付いていた。

「おれ、九十九遊馬!!」



 すぱぁんっ、と爽快感溢れる音を立てながら丸めた教科書で頭をひっぱたかれたミハエルは漸く夢の世界から意識を浮上させた。やけに緩慢な動作で顔を上げた彼の視界に飛び込んできた高等部生徒会長ことカイトの表情はまさしく鬼の形相であり、彼の怒りがひしひしと伝わってくる。
 どうやら生徒会業務中に寝こけてしまったらしい、山と積まれた書類を寝ぼけ眼で見つめるミハエルにカイトが声をかけた。

「貴様……俺があくせく働いてる横で鼾をかいて呑気にお昼寝とは、いいご身分だな」

 表情を引き攣らせながらそう吐くカイトは見るからにお怒りである、恐らくはミハエルの居眠りが彼の意欲を削いだのだろう、そうに違い無い。
 はいはいごめんなさーい、と誠意の感じられない謝罪をしたミハエルにカイトの額に青筋が浮かんだが、当の本人はそんなことは気にもとめずに、ふああ、と大きな欠伸をしてから誰の耳にも届かない程に小さな声で呟いた。

「懐かしいなぁ、」

 もう一度眠れば、夢の中で幼い頃の彼女にまた会えるだろうか。そう思いながら再び机に突っ伏したミハエルにカイトの怒号が飛ぶのは至極当たり前の事であった。



ア ト ラ ン テ ィ ス



2012.04.05


 

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