山と積まれた大量のアルバムに、クリスは数度瞬きをしたのちその真ん中に埋もれるようにして座り込んでいる保護者に声をかけた。ひょい、と顔を上げた保護者ことトロンはその成人男性とはにわかに信じがたいほど幼い顔に優しげな笑みを浮かべる。
 余談ではあるが保護者と表記したのは、現在実父であるバイロンが諸事情により海外へ赴任しており、その間バイロンと並々ならぬ関係を持つらしいトロンが保護者としてあてがわれた為だ。らしい、と形容したのはそれが実父からの伝聞でしかないからに他ならない、この少年の素性はまるで知れなかった。
 満面の笑顔のトロンと、とてつもない量のアルバムを見比べたXは、静かに口を開いた。

「……一体何を?」
「少し、ね。思い出というやつに浸っていたんだよ」

 トロンの手元にはアルバムから抜き出されたのであろう一枚の写真が収まっている。それをのぞき込もうとしたクリスの意図を汲み取ってか、トロンはそっと、実に丁重に写真を手渡した。
 写っているのは幼い頃の家族だった。
 ぴしりと背筋を伸ばし佇み微笑んでいるクリス、いたずら好きな少年の笑みを浮かべてピースサインをつくるトーマス、今は亡き愛犬の傍らに立ちふんわり笑うミハエル。
 そして、そのミハエルと手をつなぐ少女。無垢な笑みを浮かべている少女に見覚えはない。

「あー……誰、だったか……」

 いくら悩んでも答えは出てこない、面識があることは確かなのだが。それに信じられないといった風情で目を見開いて見つめてくるトロンにクリスはぎょっとした。まさかそんなに驚かれるとは思っていなかったのだから。

「九十九夫妻の末娘さんだよ。とりわけ君に懐いていたと、バイロンからは聞いているけれど」

 そう言われて首を傾げては見るものの、全くもって答えには辿り着けそうには無い。うめき混じりに悩むクリスをよそにトロンは、そういえばバイロンの話が正しければ彼女も中学にあがった頃だろうね、と呟いていた。
 誰だったろうか、この柘榴の瞳と黒曜の髪を持つこの少女は。悩みに悩むクリスを見かねてかトロンは答えを出す、どこか懐かしむような響きと共に。

「九十九遊馬さんだよ、忘れてしまったかい?」

 その名前を耳にした途端、記憶の蓋が外れる。ダムが決壊したかのように溢れ出す記憶の中にひとかけら、少女の、九十九遊馬の無垢な笑顔が混じっていた。思い出したのだ、九十九遊馬のことを。

 クリスにいちゃん、と、本当の兄のように自分を慕ってうしろをついて来た遊馬。ガキ大将気質でいたずら好きなトーマスによくいじめられていた遊馬、それが幼い愛情の裏返しだということにはきっと気付いていなかったのだろう。かつては今より弱気で人見知りなミハエルの唯一の親友だった遊馬。

「ゆう、ま」

 ふと彼女に、会いたくなった。


メ モ リ ア ル



2012.03.27


 

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